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地域経済の中核施設になるアリーナ、データの収集・活用の拠点にも【第32回】

藤井 篤之、福田 隆之(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2024年6月27日

世界各地で今、先進的な設備を備えたスポーツ・エンタメ施設としての「アリーナ」が建設されている。日本でも数多くのアリーナ構想が具体化されつつある。今回は、スマートシティにおけるアリーナの位置づけと期待される経済効果、乗り越えるべき課題などについて解説する。

 スマートシティの文脈において今、アリーナが重要な位置を占めようとしている。アリーナに国内外から訪れる人びとが、地域の、さらなる経済成長の足がかりになると期待されているからだ。

 アリーナは、スポーツや芸術・文化の発信拠点である。数千人から数万人もの人々を都市に惹きつける強力な集客装置だと言える。アリーナに集まる人々が地域経済におよぼす影響は小さくない。

 実際、日本人の旅行者数はコロナ禍以前の水準を取り戻しつつある。訪日外国人数も回復基調にある。2018年に史上初めて3000万人を突破していたが、2024年3月には単月で初めて300万人を超えた。旅行観光分野における日本のGDP貢献度は2033年までに3534億ドルに上ると見込まれている(世界旅行ツーリズム協議会調べ)。

民間事業者が参入しやすい環境が新アリーナ建設に弾み

 そうした中で今後新設されるアリーナは、従来の体育館とは一線を画すものになる。イベントを開催し来場者を収容するための“ハコ”としての機能に加え、最新のデジタル技術と来訪者データの活用を通じた顧客体験の向上や、VIP専用スイートの設置など従来にない質の高いプレミアムサービスの提供が組み込まれている。

 従来の施設は、所有者である行政が仕様や設備を決め、運営者は決められた枠組みのなかでしか設計・運営できなかった。だが民間資金活用公共施設整備促進法(PFI法)に基づく「公共施設等運営権方式」では、施設運営を委託された事業者が採算と需要を考慮しながら施設のスペックを決められるようになった。同方式を活用した初のアリーナが「愛知県立新体育館(IGアリーナ)」である。

 また2018年のPFI法改正により、公共施設等運営権方式を活用した施設では、使用料や入場料などの料金を、条例で予め定めた範囲で市場ニーズに合わせて自由に設定できるようになった。

 こうした法的な後押しが民間事業者が参入しやすい環境を生み出し、新アリーナ建設に弾みをつけている。地域に魅力あるアリーナが生まれれば、交通機関や宿泊施設の利用の増加が見込まれ、周辺の飲食店や小売店への送客も可能になる。だからこそアリーナは“地域経済のハブ”としての役割が期待されている。

 海外には、地域経済の核として大きな成果を挙げているアリーナが複数ある。その中で、これから国内に新設される日本のアリーナを理解する上で非常に参考になるアリーナが、オランダの首都アムステルダムにある「ヨハン・クライフ・アレナ(Johan Cruijff ArenA、旧アムステルダム・アレナ)」と、米カリフォルニア州サンタクララにある「リーバイス・スタジアム(Levi's Stadium)」だ。

 ヨハン・クライフ・アレナは、オランダのプロサッカー1部リーグ(エールディヴィジ)に所属するAFCアヤックスの本拠地。リーバイス・スタジアムは、米フットボールリーグNFLに所属するサンフランシスコ・フォーティナイナーズの本拠地である。いずれも各チームのファンの間で親しまれている。

 両施設とも、専用のスマートフォン用アプリケーションをフル活用し、来場者の利便性や満足度の向上に努めている。スマホアプリでは、チケットの購入から入場手続き、駐車場やトイレ、フード注文の混雑状況の可視化、さらには観戦後に訪れるアリーナ周辺にある店舗やサービスのレコメンドや割引ポイントの配布、イベント関連グッズの販売までが可能である。

 施設に集まる来場者の属性データや動線データは、来場者体験の向上にだけ使われているわけではない。施設自身のマーケティング施策のほか、施設周辺のサービス事業者に対しAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)を提供することで、地域経済の活性化に寄与している。つまり、集客力のあるアリーナを核としたビジネスのエコシステムを確立しているわけだ。

 特にヨハン・クライフ・アレナの取り組みはユニークだ。スポンサード契約を結ぶ大手企業や、先進的な技術と野心を持つスタートアップ、VC(ベンチャーキャピタル)や地域経済の担い手たちの間を取り持ち、アリーナ運営の効率化や顧客サービスの改善、地域経済への貢献を目的としたハッカソンを企画。新サービスの実証実験やファーストカスタマーとして事業の成長支援に協力するなど、かなり踏み込んだ施策にも取り組んでいる。