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PHRの連携が地域医療の質を高める【第34回】

藤井 篤之、木下 博司、中西 修(アクセンチュア)
2024年10月10日

PHR市場は4つの領域に分けられる

 PHRに関わる製品/サービスの市場は4つの領域に分類できる(図2)。そのPHRの利用が(1)医療か、医療外かと(2)介入/サービスが直接的か、補完的かの2軸による分類である。

図2:PHR市場の4分類(作成:アクセンチュア)

 従来、PHRの利用といえば、食事・睡眠・運動の健康領域だった(領域I)。「デジタルセラピューティクス(DTx)」が、その一例だ。スマートフォンやタブレット端末に搭載する治療用ソフトウェアを活用し、疾患の予防や管理、治療に当たる。海外と比べて事例は少ないが、日本でも禁煙・高血圧治療用アプリケーションなどが広まりつつある。

 医療に直接的には介入せず、行動変容を促進するような補完的介入サービスも登場してきている(領域III)。補完的な介入が疾患の改善につながると期待されている。その背景には、腕時計(ウォッチ)型や指輪(リング)型などのウェアラブルデバイスの高性能化や高機能化がある。血圧や脈拍といったライフログのモニタリング精度は、諸外国においては医療現場で利用可能な水準にまで向上している。

 一方、いわゆる医療行為には当たらないものの健康に資するサービスにおけるPHRの活用が急速に広がっている(領域IV)。スマホアプリなどで取得するライフログを活用する。

 代表的な例に、睡眠状況をトラッキングするアプリや運動状況を可視化するサービスがある。エンターテイメントやゲーミフィケーションの要素を提供し、ウェルビーイング(幸福感)の実現を手助けするサービスだともいえる。個人の健康データを継続的に取得しているという点で、広義のPHR利用に含まれる。

 領域IVのサービス群のPHR利用は医療には当たらない。利用者にとっては生活の質の向上に資するものだが、アプリを購入して利用するという市場の特性からは爆発的なビジネス成長は期待しにくい。現状では利用者の健康データは、そのアプリやサービスの中で閉じている。

 非医療データを起点に健康増進に直接的に介入する領域は、市場として発展しうる大きなポテンシャルを持っていると推測される(領域II)。

 生活習慣の改善における三大要素は「食事、睡眠、運動」だ。既に、食事の写真を分析し栄養の過不足を指摘したり、睡眠状況をトラッキングし眠りの質の改善をアドバイスしたりするアプリなどが市場投入されている。

 「食品」分野のプレーヤー(企業群)としては、食品メーカーやレストラン業界、食事宅配などのサービス企業が挙げられる。「睡眠」分野では寝具や衣料品メーカーが、「運動」分野ではスマートウォッチなどデジタル機器や運動器具などのメーカーも参画してくるだろう。

 領域IIは、サービス間のシナジー効果が期待しやすい点も特徴といえる。その起点になるのはPHRだ(図3)。各種機器で取得できるデータを適切に管理し、複数のサービスで相互に利用することが市場成長のドライバーになる。

図3:ケアサイクルとPHR(作成:アクセンチュア)

PHRデータの価値はサービス連携により掛け算で増大する

 これら4つの領域のうち、経産省もビジネスとしての発展可能性が高いと注目しているのが領域Ⅱだ。そこでは、PHRデータを取得して保持する「PHR事業者」と、そのPHRデータを活用してサービスを開発・提供する「サービス事業者」を結びつけ、連携を可能にする基盤が不可欠だ。PHRデータは多種多様なサービスと連携することで、掛け算で価値が増大するからだ。

 PHRデータの連携基盤では、利用者の安心・安全を担保するセキュリティが最重要項目である。PHRのサービスを拡充し、ビジネスとして発展させるためには、サービス品質やデータ正確性の担保、利用者の同意管理などに加え、セキュリティや目的外利用の禁止など、適切な管理や同意に基づく二次利用といった心理的価値の醸成が不可欠である。

 健全な市場発展には、PHR事業者がPHRデータを自社利用のみに制限し利用者を囲い込むのではなく、適切な相互利用や各種サービス間の連携こそが不可欠だ。しかし民間企業にとって、自社の優位性を維持するための囲い込みは当然の戦略であり、それゆえ各種サービスをサイロ化しがちである。だからこそ経産省は、PHR市場のオープン化を図り健全な競争市場にすることで、国民全体の利便性を高めようとしている。

 次回は、その具体例として、経産省が発表したPHRサービスのユースケースを紹介する。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

木下 博司(きのした・ひろし)

アクセンチュア 公共サービス・医療健康本部 アソシエイト・ディレクター。大手インテグレーターでインターネットの草創期にマーケティングを担当し普及啓発に従事。日本初の金融機関向け大型アウトバンド系コールセンターの立ち上げやリホスティング等の大型SI案件を経験後、2015年アクセンチュア入社。中央政府のデータヘルス改革、PHR政策支援等ヘルスケア領域を中心に活動。同時に地域の健康・医療サービスの高度化を支援し、その一環でスマートシティや地域連携なども担当する。

中西 修(なかにし・おさむ)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 シニア・マネジャー。筑波大学大学院理工学研究科修了後、日系シンクタンク、戦略系コンサルティングファームを経て、アクセンチュア入社。20年にわたりヘルスケア、ライフサイエンス領域を専門にしている。現在は主に、中央官庁、病院等をクライアントに、医療・介護の政策立案支援から社会実装まで幅広い領域を担当する。