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PHRの連携が地域医療の質を高める【第34回】

藤井 篤之、木下 博司、中西 修(アクセンチュア)
2024年10月10日

政府は先ごろ「健康日本21(第3次)」を発表した。「すべての国民が健やかで心豊かに生活できる持続可能な社会の実現」をビジョンに、健康寿命の延伸と健康格差の縮小を掲げている。その実現に向けて注目されているのが「PHR(Personal Health Record)」だ。PHRはスマートシティに取り組む地方自治体においても、質の高い地域医療の提供への貢献が期待されている。今回はPHRの最新状況と、その利用の拡大に必要なことについて説明する。

 日本は超少子高齢社会にあり、アジアで高齢化が最も早く進行している。この環境では、社会保障費や医療分野の支出の抑制は重要な課題の1つであり、国民の健康維持・増進も重要な政策アジェンダだ。例えば、社会保障給付に占める医療・介護費は56兆7000億円(2023年度予算ベース)にも上る。社会保障給付に対して国は、国家予算の約3分の1に当たる37兆7000億円を支出している。

 国民の視点で考えても、医療・介護サービスを受ける際の負担は大きい。病院や薬局での待ち時間、治療・処方歴の説明や履歴管理、あるいは急病や事故といった一刻を争う状況下での処置などだ。いずれにおいてもスピードと正確性が求められ、そのためには医療・介護のためのデータ整備が不可欠である。

個人の医療・健康データであるPHRの一元管理が重要に

 このような社会的背景を踏まえ政府は、地域全体で住民の健康を守る「地域医療」を推進している。地域医療のための継続的な体制を構築するには、医療・介護・福祉が相互に連携し、住民も含めた“互いの顔がよく見える”環境が重要になる。地域医療では、一般的な入院に係る医療を複数の近隣自治体が提供する、いわゆる「二次医療圏」を基本的な単位として捉えているからだ。

 地域住民の健康増進を実現するうえでは、住民の健康・医療データを扱う基盤(プラットフォーム)を整備し、効率的に運用していくことが望ましい。この考え方は、本連載で紹介してきた「都市OS」の考え方と非常に近い。スマートシティの仕組みと医療健康データ基盤の連携が、これからの地域医療の高度化や効率化、さらには住民の生活の質(QoL:Quality of Life)の向上につながっていく。

 ただ「健康・医療データ」と言っても、それは多種多様である。その中で近年、特に注目されているのが、「PHR(Personal Health Record)」と、その一元管理である。PHRは、個人が管理している健康状態や受診や治療の履歴や、日々のバイタルデータなど健康・医療情報だ。現状、医療・健康に関する事業者のそれぞれに散在していることが多い。これを個人目線で統合し活用することで、その人の健康状態の包括的な把握や、その人に合った健康管理を可能にする。

 例えば経済産業省は、PHR活用による新たなライフスタイルのイメージとして「思いやりが循環し、誰しもが自分らしく、安心して暮らすことで自然に健康になれる社会」を掲げている。日々の食生活や睡眠、運動に関するライフログなどのデータを活用することが、予防や健康維持・増進に直結するという世界観だ(図1)。

図1:PHR(Personal Health Record)を活用した新たなライススタイルのイメージ」(出所:「新しい健康社会の実現」、経済産業省、2023年3月)

 『地域医療を支えるヘルスケアが求める医療健康情報の共有【第13回】』でも指摘したように、地域の医療・健康サービスを充実させるには、データ連携と、その基盤になる都市OSが重要だ。

 だが現実には、日本の医療・健康に関するデータは分断されており、統合的な活用からは程遠い状況にある。こうした現状を打開する手段になりうるのがPHRの活用だ。これまでは、限定的な地域やサービスを対象にした実証事業の段階にあった。それが今、本格的な社会実装のフェーズに向かおうとしている。