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PHR基盤が「自然と健康になれる社会」の実現を支える【第37回】

藤井 篤之、竹井 陽一、若杉 司(アクセンチュア)
2025年1月30日

個人の健康に加え医療の高度化や医薬品開発、地域の健康増進にも寄与

 PHR基盤の活用は、予防医療の高度化や医療のさらなる最適化にも寄与する。データの所有者が、そのデータ活用方法を主体的に選択できるオプトイン方式が社会に浸透すれば、過去の診療データと現在の健康データも一元化できる。医師が一元化された生活者の生活や健康、医療に関するデータにアクセスできれば、健康管理は、より身近に個別化できるはずだ。

 個人データを匿名化しPHR基盤に集約することは医薬品の研究にも資するだろう。特定の疾患を持つ患者に共通する傾向が発見でき、新しい対処法が確立されるなどが期待できる。関連する医療研究のイノベーションも加速するだろう。

 さらにPHR基盤の活用対象を個人から地域へと広げられれば、個々人の健康管理だけでなく、住民一人ひとりの健康状態に合わせた都市サービスの提供にもつながるだろう。病気になってからどう治療するかはもとより、病気を予防し、健康を増進するためのサービスが増えれば、地域住民全体の健康状態が改善され、自治体運営の負担になっている医療コストの削減という成果が期待できる。

 例えば過疎化が進んでいる地域では今後、病院へのアクセスがますます困難になると予想される。そこに遠隔診療を取り入れ医療機関へのアクセスと医療サービスの質的向上を図れば、健康管理への意識が高まり、多くの住民の健康寿命を延ばすことに寄与するだろう。災害時や緊急時の迅速な対応にもつながる。持病の有無など個人の健康状態が瞬時に分かれば、最適な処置や避難場所への誘導が容易になる。

 都市OSは都市全体のデータを収集・分析し、各種の行政サービスと連携するための基盤だ。そこにPHR基盤との連携が加われば、交通やエネルギー、防災といった取り組みでもパーソナライズされた行政サービスに近づくことが可能になる。

 例えば、猛暑で熱中症リスクが高い日に、高齢者や持病を持つ住民には、涼しい場所への移動を促すアラートを送信し、そのための交通手段などの提供もシステム的にサポートする。呼吸器疾患を持つ住民には、光化学スモッグ注意報が発令されれば、本人と、その家族に注意喚起することができる。町内放送などマスに向けた手段よりも個別のアラートのほうが、不測の事態を避けられる確率は高められるだろう。

大阪・関西万博後の2026年からは社会実装が始まる

 PHR基盤の普及に向けては、スマートシティの推進と同様の課題が生じる。まず技術面の課題としては、基盤へのAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)連携を、より簡便にし、小規模なスタートアップ企業なども接続しやすい仕様にする必要がある。

 画面設計やUI(User Interface)もシンプルにし、連携の自動化といった補助的な機能の充実を図ることも重要だ。並行して、デジタル機器の扱いに不慣れな住民や高齢者もが安心・安全、かつ簡単に使えることをアピールする啓発活動が必要になる。

 PHRを活用する社会とは「個人が主役の、健康で持続的な社会」である。PHR基盤を通じてヘルスケアデータやライフログが医師と共有されれば、医師は診察時の患者の様子や検査結果だけからではなく、日常の活動データも照らし合わせながら、より最適な診療を準備できる。

 個人も、日々の健康状況を客観的に把握しやすくなる。AI(人工知能)技術を使った健康増進のためのアドバイスなどのサービスなども増えれば、病気の早期発見・予防につながる。過去の膨大な診療情報を学習したAIモデルが構築できれば、自覚症状のない病気の兆候を見逃さず、診察を促すなどのサービスの提供も可能になる。

 こうした住民一人ひとりの健康状況や診察結果に合わせた医療がようやく実現しようとしている。その一部が、2025年の大阪・関西万博で体験でき、2026年からは実社会への実装が順次始まっていく予定である。万博で提示される“未来のヘルスケア”は今後、地域医療における新しいモデルとして浸透していく可能性が高いだろう。

 そこでは、PHR基盤と各種サービスによる地域医療の変化を、他国の出来事のように見るのではなく“自分ゴト”として捉え、新サービスの活用を具体的にイメージしてみることが有用だろう。各種の体験を通じて新しいビジネスアイデアが生まれるかもしれない。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

竹井 陽一(たけい・よういち)

アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部シニアマネージャー。大手外資系SIerにて病院業務コンサルタントからシステム構築を従事。2021年にアクセンチュア入社。ヘルスケア領域のシステムエキスパートとして、中央官庁、病院などをクライアントに、HL7 FHIR標準規格準拠の国産電子カルテの要件定義を推進。グローバルプロジェクトにおいてPHR・EHR・バイオデータ等を連携する基盤構築のテクノロジーリード。医薬品医療機器法に基づき、副作用等の情報を収集・分析業務の刷新などシステムライフサイクル全体をカバーなど担当する。

若杉 司(わかすぎ・つかさ)

アクセンチュア テクノロジー コンサルティング本部 シニアマネージャー。独立系SIerにて、ERPパッケージのカスタム開発を中心に、小売り・卸売業、製造業、建設業など数多くの業界を経験し、2018年アクセンチュア入社。SIP(内閣府)のリファレンスアーキテクチャー策定に関与し、アクセンチュア版都市OSの構築では、初期段階から参画しアプリケーション開発リードを務める。アプリケーション開発のエキスパートとしてアクセンチュア版都市OSの実現に大きく貢献し、多くの自治体への都市OS導入・運用に関与してきた。