• Column
  • スマートシティのいろは

AIが書き替える労働市場の需給ギャップとリスキリングの中身【第42回】

平本 信敬(監修:藤井 篤之、アクセンチュア)
2026年6月11日

リスキリングの対象職種もAIが変えていく

 世界経済フォーラムの『Future of Jobs Report 2025』によれば、スキルギャップをビジネス変革の課題と認識する雇用主は世界で63%に上り、2030年までに全労働者の59%がリスキリングを必要とする。支援が届かないと見込まれる11%分に当たる1億2000万人以上が中期的な余剰リスクにさらされる計算だ。

 こうした数字を受け、政府と企業は動き出している。日本政府は2022年に岸田文雄前首相が「人への投資」として5年間1兆円のリスキリング支援を表明。経済財政運営の基本方針を定める『骨太方針2024』にも「全世代を対象とするリスキリングの強化」を明記した。

 しかし帝国データバンクの調査(2024年10月)によれば、実際にリスキリングに取り組む企業は8.9%にとどまる。半数近くが「取り組んでいない」とする。スキルアップ研究所の調査によると、労働者がリスキリングに取り組まない理由は「金銭的な余裕がない」に続き「何を学べばいいかわからない」が挙がる。

 「何を学ぶか」の定義は、産業界でも急速に書き換えられている。米Ciscoが主導し、アクセンチュアやGoogle、Microsoftら大手9社が参画する「AI Workforce Consortium」は、G7の求人データ(2024年7月〜2025年6月)から50職種を分析した『2025年版報告書』を出している。急成長する職種の上位10位のうち7つをAI関連職が占め、「AIリスク&ガバナンススペシャリスト」など数年前には広く認知されていなかったスキルも含まれた。

 変化のスピードがカリキュラムのサイクルを超えている以上、教育が追いかけるべき内容はリアルタイムで見直し続けることが必要だ。アクセンチュアの「イノベーション・エグゼクティブ・ボード(IEB)」の分析によれば、事務・販売従事者に学部卒人材が集積する一方で、建設・採掘の充足率は3%、輸送・機械運転は9%、介護を含むサービス職は13%と圧倒的に人手が足りない(図3)。学部卒の多くが向かう場所と、社会が必要とする場所がずれている。

図3:学歴別・色魚分類別の就職者数と充足率(出所:『日本の未来を拓く新陳代謝』、アクセンチュアIEB(イノベーション・エグゼクティブ・ボード)、2025年)

 現場からの「大学・高専のカリキュラムは昭和時代のままで、産業界が求める先端領域の人材を十分に供給できていない」という声は、このかい離が人数だけでなく、学んでいる内容そのものが需要とずれていることを示している。

 ここでEBPM(エビデンスに基づく政策立案)が本質的な意味を持つ。技術の急速な進展により人の役割が絶えず書き換えられる環境では、教育の中身もリアルタイムで検証・更新されなければならない。AI研修を受けた人の就業状況はどう変化したか、どの職種・年齢層への投資が効果的かなどに、データを用いて答えることで、次の投資の精度が上がる。リスキリングを個人の自助努力に委ねるのではなく、都市の設計として組み込む発想への転換である。

学ぶ内容も学び方も変わるなかスキルのアイデンティティが重要に

 AI技術は、学び方そのものも変えつつある。米ハーバード大学の物理教育研究チームが2023年秋に実施した実験では、AIチューターで自習した学生は、対面授業の参加者より得点の伸びが2倍以上を達成した。

 Anthropicが2025年8月に一般公開した「学習モード」は、その方向性をプロダクトに実装した例だ。ソクラテス式問答法を採用し、答えをすぐに渡すのではなく、問いを重ねながら学習者が自分で到達するよう設計されている。個別最適な学習支援が場所を問わずに実現しようとしている。

 AI技術によって、学ぶ内容も学び方も変化し、労働そのものが移りゆく時代においては、学んで、実践した内容をいかに証明するかも重要になる。職種が変わり、役割が変わり、働く場所が変わっても「自分がこれまで何を学び、どんな価値を出してきたか」を示せることは、アイデンティティを保つことにもつながる。社会の変化が速まるほど「何者であるか」を互いに確認し合う基盤の重要性は増していくのではないだろうか。

 次回は、スキルのアイデンティティと、「人を受け入れる基盤」としてスマートシティが担いうる役割とを考えたい。

平本 信敬(ひらもと・のぶたか)

アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループマネジャー。日本経済新聞の記者時代に経済・金融・ITなどを担当し、『データの世紀』(日本経済新聞出版、2019)取材班にて新聞協会賞受賞。日経FTフェローや事業企画室プロデューサーを経て現職。通信・テック・メディア企業の組織変革、AX、AI・WEB3の事業開発などを手掛けるほか、AI時代の次世代リーダー伴走トレーニングをリード。早稲田大学大学院経営管理研究科修了、MBA。戦略コンペJBCC2023優勝(文部科学大臣賞・地方創生賞受賞)

監修:藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。現在は戦略グループにおけるAI関連ビジネスのリードを務める。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。