• Column
  • スマートシティのいろは

スキルの流通を支えるスマートシティが労働力マッチングを最適化【第43回】

平本 信敬(監修:藤井 篤之、アクセンチュア)
2026年6月25日

スマートシティがスキル流通の基盤に

 スキルが検証可能な形で流通すれば、採用の前提そのものが変わる。従来の採用は、学歴・職歴・所属歴と面接での発言から能力を推し量ってきた。それが、スキルを照合できるようになれば企業の関心は「どこにいたか」より「何ができるか」に移る可能性がある。

 スキルが明確なら、副業や兼業、短期プロジェクトへの参画など多様なかかわり方が可能になり「この役割を、この期間、この条件で担ってもらえるか」を設計しやすくなる。採用は、人を囲い込む行為から必要な能力を必要な役割へ接続する行為へと変わる。

 スキルを軸にしたマッチングの先行事例に英ユニリーバの取り組みが挙げられる。「FLEX Experiences」と呼ぶ社内タレントマーケットプレイスを運用し、社員自らがスキルと希望を登録すると、AI技術によってプロジェクト単位でマッチングを図る。コロナ禍に真価を発揮し、需要が落ちた部門から人員を迅速に再配置し、生産性が41%向上したとする。

 スキルの流通が広がれば、人が動ける範囲は組織や地域の境界を超えていく。例えば建設現場では、コマツが5G(第5世代移動通信システム)ネットワークを使った重機の遠隔操作システムの実用化を進め、西松建設は東京と栃木の間で山岳トンネル現場を遠隔操作する実証に成功している。担い手がいない現場に人を送るのではなく、能力を届けるというわけだ。

 こうした発想が、介護や農業など地方の深刻な不足領域に広がれば、都市の余剰な労働力が地方の現場と結びつく。各業界・事業者が個別に通信インフラを整備するコストは大きいが、スマートシティとして地域共通の基盤として整備すれば、そのハードルは下がる。

 ただ、遠隔で働く人材を現場が受け入れるには、信頼の裏付けが必要になる。「この人は介護ロボットの遠隔操作実績が複数の施設から評価されている」「農作業支援の遠隔操作の安全記録が証明されている」といった実績を、第三者が確認できれば、遠隔就労の市場は成熟する。フィジカルAIが自律的に現場を担うようになれば遠隔操作の大部分が不要になるが、その移行期においては、スキルと実績を持ち運べる仕組みが有用だろう。

常に学び続けられる基盤をスマートシティに組み込む

 上記のような変化は、学びの設計にも及ぶ。採用が変われば教育も変わらざるを得ないからだ。新卒一括採用が唯一の選択肢ではなくなり、学習成果をより小さな単位で積み上げ、必要に応じて提示する「マイクロクレデンシャル」への需要が高まっていく。デジタルウォレットが入れ物、マイクロクレデンシャルは、その中に入る学習履歴の証明書という関係だ。

 EC(欧州委員会)は2022年から、短期の学習成果を機関・組織・国境をまたいで認識可能にする仕組みとしてマイクロクレデンシャルを推進している。その実装例の1つにデジタルバッジ規格「Open Badges(v3.0)」がある。スキルや達成事項を記録し、デジタルウォレットで管理・提示できる。

 マイクロクレデンシャルが普及すれば、大学の単位も卒業要件として内部に閉じるのではなく「この期間に、この水準で、この能力を習得した」ことを社会に示す証明として再設計される。企業内の研修も、外部から参照できる学習証明として意味を持つようになる。学びは卒業や修了で閉じるのではなく、働きながら積み上げ、更新し、提示し続けるものへと変わっていく。

 結果、教育の時間軸も書き換わる可能性がある。若いうちにまとめて学び、中年以降は働く側に回るという二分法は崩れる。大学・企業・自治体・地域コミュニティのそれぞれが、学習機会の提供者になると同時に、その成果の評価者になる。学びと能力を信頼できる形で循環させる仕組みは、スマートシティにおける学習と労働のインフラになる。

 スキルの流通が活発になれば、個人だけでなく組織全体が利益を得るという実証がある。労働市場の流動性と賃金の関係を実証した研究によれば、労働移動が円滑な国ほど生涯賃金上昇率が高い(図2)。

図2:労働市場の流動性と賃金の関係性

 ここで注目すべきは、その上昇の4分の3が、同一企業内での賃金上昇だという点だ。労働移動が活発な社会では、企業が人材を失わないために評価・育成に本気で投資するためだ。流通インフラを整えることは、転職する個人だけでなく、転職しない人の賃金引き上げにもつながる。

 前回触れたAI技術による仕事の変化も、技術が人を押しのけるのではなく、技術が人を適切な場所へ運ぶという文脈でとらえ直すことは可能だ。その一連の流れを地域単位で設計し、回し続ける基盤がスマートシティだ。AI技術が仕事を塗り替える速度が高まれば高まるほど、人が人らしくあり続けるための都市の設計の重要性も高まっていく。

平本 信敬(ひらもと・のぶたか)

アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループマネジャー。日本経済新聞の記者時代に経済・金融・ITなどを担当し、『データの世紀』(日本経済新聞出版、2019)取材班にて新聞協会賞受賞。日経FTフェローや事業企画室プロデューサーを経て現職。通信・テック・メディア企業の組織変革、AX、AI・WEB3の事業開発などを手掛けるほか、AI時代の次世代リーダー伴走トレーニングをリード。早稲田大学大学院経営管理研究科修了、MBA。戦略コンペJBCC2023優勝(文部科学大臣賞・地方創生賞受賞)

監修:藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。現在は戦略グループにおけるAI関連ビジネスのリードを務める。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。