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行政のデジタル化実現の土台となるオプトインの社会【第9回】

中村 彰二朗(アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同統括)
2021年10月21日

コロナ禍で露呈したデータ活用の遅れ

 この間、行政サービスはどれだけ変化してきただろうか。国内の公共エリアにおけるIT導入はトップダウン型で進められてきたため、残念ながら市民1人ひとりに向きあっているとは言えないだろう。サービスを受けるためには必要な手続きを受け手がしなければならない「申請主義」の日本では、受けられるサービスの存在すら気づかないまま、見過ごしているケースも多いのではないだろうか。

 情報発信ひとつをとってみても同様だ。行政はホームページや市政だよりを通じて広報しているつもりでも、実際に伝わっているかどうかは分からない。どうすれば市民1人ひとりに情報を届けられるのか、もう一歩踏み込む必要があるにもかかわらずだ。

 だからこそ会津若松市では、健康や福祉など様々な分野の行政サービスの情報を市民向けポータルサイト「会津若松+(プラス)」という形で連携し、具現化させている。これを行政手続きの領域にまで拡大することで、市民に、ある1つの情報を提供すれば関連するすべての処理を完了できるようになるのではないだろうか。

 新型コロナウイルス禍においては、医療関連のデジタル化の遅れが露呈した。象徴的だったのは、患者との最初のタッチポイントである保健所の情報共有手段が、手書きのFAXや郵便だったことである。

 例えばコロナ患者は退院すると、保健所から手続き依頼の書類が郵送で届き、本人確認や戸籍抄本、家族の所得証明書の返送を求められる。そのために患者本人が自治体に出向き必要書類を取得し、本人確認の証明書(マイナンバーカードなど)の写しを用意して保健所に返送するというのが現状だ。それらの書類を受け取った保健所は当然、書類をチェックしなければならない。想像するだけで非効率極まりない。

 この手続きにおいて必要なデータは自治体にあり、そのデータを必要としているのは保健所と国から費用を受け取る病院だ。であれば、退院時に本人が署名するだけで、その後の手続きは行政を中心とした組織間で処理すれば済むはずである。

マイナンバー制度の価値を改めて認識すべき

 2016年1月にマイナンバー制度の仕組みが導入され、これまで縦割りだった情報がつながりだした。マイナンバーカードが健康保険証や運転免許証と連携すれば、国民はマイナンバーカードを所有する価値を少しずつ理解できるようになるだろう。

 しかし「政府による国民の監視だ」ととらえる声もあり、マイナンバー制度の利用範囲が限定されてきた。加えて、幾度となく繰り返される個人情報の漏洩事故により、企業のデータ活用も慎重にならざるを得なくなったこともある。個人情報保護法が厳格に運用される中で、データの活用や連携は行うべきではないと言う風潮が日本全国に広がっていった。

 データ活用に後ろ向きな社会である日本が「デジタルトランスフォーメーション(DX)先進国」になるはずもなく、「デジタル敗戦国」になってしまったのは至極当たり前のことだ。

 コロナ対応でDXが遅れていることを非難した方は少なくないだろうが、マイナンバー制度の導入当時、どのようなスタンスだったかを思い出してほしい。日本のDXの遅れは、そこから始まっているという事実をしっかり認識しなければならない。

 デジタルガバメントが成功している国の1つがデンマークだ。デンマークでもマイナンバーに当たる制度のスタート当初は日本と同じような議論があった。だが、サービス提供が先行し、その利便性により自然と国民の多くが活用するようになったことで、約20年で国民との間にデジタル化における信頼関係が構築できたという。デジタルガバメント先進国とされるエストニアでも同様の期間がかかったと聞いている。

 会津若松のスマートシティは、日本でタブーとされてきたデータ活用を前提としたデータ駆動型社会を目指してきた。その方法としてオプトインを進めながら10年が経った。これからの10年が、市民との信頼関係構築にとって最も重要な時期になると考えている。

市民との信頼構築の先にデジタル国家がある

 では信頼関係が構築できた後の行政の“あるべき姿”とは何か。筆者は、市民1人ひとりが自分専用のAIコンシェルジュを持つといったイメージを持っている。冒頭に挙げたマイ・コンシェルジュである。

 筆者が会津若松市を信頼して、自身に関係する手続きをすべて任せることをオプトイン(承諾)したとしよう。必要な手続きは自動で処理されメールで簡単に報告してくれる。初めて行う手続きなどは、どう処理すべきかを確認してくれ、筆者はそれに答えるだけだ。AIコンシェルジュは筆者の思考やパターンをどんどん吸収していくので、まるで有能な秘書を抱えているかのように便利になると考える。

 そもそも行政は、必要とする多くの手続きを、データ上は事前に知っている。手続きが必要なことを案内し市民の申請を待っている状態で、必要となるほとんどのデータをすでに持っているはずだ。マイナンバーですべてのデータ連携が進めば、私たち市民は信頼して結果を確認するだけで済むはずである。

 デジタル庁が設立され、すべてのアーキテクチャーが見直される。そんな今だからこそ、もう一歩先を踏みだし、国民にAIコンシェルジェサービスを提供できないだろうか。そうすれば、これまでの遅れを一気に取り戻し、世界最先端のデジタル国家が実現するのではと思う。

 その前提が、政府と国民、自治体と市民の信頼関係の構築であり、会津がここ10年チャレンジしてきた“オプトイン社会”という土台づくりである。

中村 彰二朗(なかむら・しょうじろう)

アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同代表。1986年よりUNIX上でのアプリケーション開発に従事し、オープン系ERPや、ECソリューション、開発生産性向上のためのフレームワーク策定および各事業の経営に関わる。その後、政府自治体システムのオープン化と、高度IT人材育成や地方自治体アプリケーションシェアモデルを提唱し全国へ啓発。2011年1月アクセンチュア入社。「3.11」以降、福島県の復興と産業振興による雇用創出に向けて設立した福島イノベーションセンター(現アクセンチュア・イノベーションセンター福島)のセンター長に就任した。

現在は、震災復興および地方創生を実現するため、首都圏一極集中からの機能分散配置を提唱し、会津若松市をデジタルトランスフォーメンション実証の場に位置づけ先端企業集積を実現。会津で実証したモデルを「地域主導型スマートシティプラットフォーム(都市OS)」として他地域へ展開し、各地の地方創生プロジェクトに取り組んでいる。