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  • 新たな顧客接点を創出するコンタクトセンターの姿

CX向上に向けコンタクトセンターに浸透するAI技術【第3回】

中野 正人(ジェネシスクラウドサービス ソリューションコンサルティング本部・本部長)
2021年8月31日

領域2:コンタクトセンター運用を容易にするためのAI

 AI技術の適用領域は、CXの向上だけでなく、リーダーやスーパーバイザーなどコンタクトセンターの管理者のQoW(Quality of Work:働き方の質)を高めるための仕組みにも広がっている。

 QoW向上に向けた代表的な仕組みとしては、(1)呼量予測、(2)オペレーターの能力把握、(3)NGワード検出/コンプライアンス順守状況のモニタリングの3つがある。

 呼量予測は従来、単純なアーランモデル(通信業界で一般的に用いられる音声通話量を算出するための計算式)で計算してきた。今後は、放棄率や平均応答率など様々なパラメーターを加味した機械学習モデルを並列に走らせ、予測精度を高めることで、運用・企画部門の手間を大幅に削減できる可能性がある。

 オペレーターの能力把握では、「エージェントアシスト」で触れた顧客とオペレーターの接点をモニタリングすることで、オペレーターの話し方のクセや間違って覚えている業務知識などのあぶり出しが容易になっていく。

 従来のモニタリングでは、ランダムに選んだ数件の録音を聞き起こし、主観的に評価するしかなかった。これがAI技術により、全対話を対象にするだけでなく、問題の箇所だけを抽出して調べることで、スーパーバイザーの労力を大幅に削減できる。

 NGワード検出/コンプライアンス順守状況のモニタリングも、同様の仕組みにより、全対話を対象に実現できる。スーパーバイザーにすれば、オペレーターの管理における“抜け・漏れ”の心配が不要になり、AIが指摘する問題のあるオペレーターの特定の状況だけに対応すれば良いことになる。

領域3:売り上げ向上/販売機会損失防止のためのAI

 ビジネスアウトカム(売上高)の向上に振り向けるための仕組みである。領域1と領域2でのAI技術の活用が主に従来業務をより洗練させるためにあるのに対し、領域3はコンタクトセンターに“攻め”の役割を与えるための新たな適用領域だといえる。

 売上拡大に向けては、実際に商品/サービスの購入に至った「勝ち筋ジャーニー」を把握し、その「勝ち筋ジャーニー」に対して、あるタイミングでの顧客の行動が、どれだけ近いかをAI技術で判断する。

 具体的には、まずWebサイトを訪れている顧客の動線をAIシステムが蓄積・分析し顧客挙動を把握するなかで「勝ち筋ジャーニー」を見いだす。そのうえでWebサイト内にいる顧客の行動をリアルタイムにモニタリンすることで、「勝ち筋ジャーニー」からの近さ/遠さを判断する。

 AIシステムによる判断結果は、顧客との会話時点まで引き継がれるため、オペレーターは、その顧客の“本気度”を把握したうえでの応対が可能になる。また顧客のWebサイト上の行動をリアルタイムに参照することで、どの商品に興味があるのかを意識しながら会話でき、成約へ導くことが容易になる。

 最近は、「勝ち筋ジャーニー」に顧客を人為的に誘導する「ジャーニーシェーピング」といったコンセプトの仕組みも登場している。Webサイト内で特定の挙動(準勝ち筋ジャーニー)を示した顧客にオペレーターとのチャットをオファーしたり、関連コンテンツをポップアップしたりすることで「勝ち筋ジャーニー」に誘導する(ジャーニーシェーピングのコンセプトに沿った顧客対応例の動画)。

AI技術を利用することの“割り切り”も重要に

 コンタクトセンター関連のAIソリューションを紹介してきた。いずれも従来のコンタクトセンター向けソリューションでも指向されてきたものではあるが、ここに来て一気にAI技術による仕組みが導入されるようになった背景には、単にAI技術の進歩だけでなく、利用企業側の“割り切り”が顕著になったことがある。この傾向は海外のほうが、より強い。

 例えば、AIルーティングにおいて、従来は、ある顧客からの1本の電話が、なぜ特定のオペレーターにルーティングされたのかについて、それが一番正しい判断だったのかどうかを後から検証できるかというような点にこだわった議論が続けられ、なかなか本番導入に進まなかった。

 それが昨今は、AI技術による判断理由を、いちいち遡及して追究することを止めるケースが増えている。実際にAI技術を導入してみると、効率性を示すKPI(重要業績評価指標)が向上したり、CS(Customer Satisfaction:顧客満足)指標が向上したりと、期待する効果が得られることを目の当たりにするようになってきたからだ。

 つまり、膨大な数のパラメーターを、その場その場の動的な状況に合わせて機械が判断した結果を、わざわざ数件・数十件を何時間、何十時間をかけて精査しても、「判断結果の良否について普遍的な理由など分かりはしない」と“割り切って”いるわけである。「数時間の検証の間に、何件もの顧客との対話をAIルーティングによりさばけるほうが、よほど会社のためになる」という“割り切り”だとも言える。

 そもそも多種多様な顧客に対峙するコンタクトセンターの運営において、CXを高めるための改善策に絶対的な正解はない。それだけに、AIシステムのふるまいが全体的にプラスの傾向をもたらしてくれるのであれば、「なぜプラスになっているのか」を追検証するよりも、むしろ、そのプラス傾向をより強くするためには、どうすればよいかを考えることは有意義だろう。

 完全・完璧なAIシステムを求めるよりも、現時点で実現できている仕組みの原理を理解し信頼するという“結果オーライ”とも言える“割り切り”のスタンスを、どれだけ早期に採れるのかが、コンタクトセンターにおけるAIソリューション導入のポイントであり、そう振り返る利用企業が増えている。

 ただ一方で、AI技術の適用領域が、コンタクトセンターに限らず、広がっているなかで、AIシステムによる判断に対する説明責任や、その利用に対するガバナンスを求めるが声が強まっているのも事実である。そのためにも、AI技術を単に押しやるのではなく、実際の利用に基づく知見を高めていく必要もあるだろう。

 次回からは、今回説明したAIソリューションのそれぞれについて詳述することで、withコロナ時代のコンタクトセンターの姿を考察していきたい。

中野 正人(なかの・まさと)

ジェネシスクラウドサービス ソリューションコンサルティング本部・本部長。SAPジャパンや日本マイクロソフトを経て2011年にジェネシス入社。ビジネスコンサルタントとして顧客のコンタクトセンター成熟度調査や、その結果に基づくコンタクトセンター高度化プランを多数立案してきた。海外組織とのパイプを生かし、事例情報の収集や海外視察ツアーの企画などに取り組む中で得たコンタクトセンターの将来像に関する幅広い知見を顧客へのコンサルティングに生かしている。