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  • 移動が社会を変えていく、国内MaaSの最前線

複数手段が近接する都市の移動を考える「都市型MaaS」の取り組み【第3回】

愛甲 峻(インプレス総合研究所)
2022年7月25日

小田急:MaaSアプリで乗り合い型オンデマンド交通の予約も可能に

 小田急電鉄は、沿線地域でMaaSに関する、さまざまなサービス提供や実証実験に取り組む鉄道会社の1社である。神奈川県下の川崎市や箱根町、江ノ島や鎌倉を含む湘南エリアなどを中心に、沿線住民の利便性向上や沿線観光地の活性化を目指している。

 同社のMaaSにおける顧客接点の中心になるのがスマートフォン用アプリケーションの「EMot(えもっと)」だ。鉄道・バス、シェアサイクル、カーシェアなどに対応した複合経路の検索ができるほか、全国さまざまな交通機関のフリーパスや観光施設の入場券の購入・利用を可能にする。複合経路の検索では、経路検索事業者のヴァル研究所と連携している。

 EMotの複合経路検索の対象の1つに乗り合い型のオンデマンド交通がある。川崎市にある新百合ヶ丘駅周辺で実証実験を実施した「しんゆりシャトル」だ(写真1)。

写真1:しんゆりシャトルの車体(出所:小田急電鉄 ニュースリリース

 しんゆりシャトルでは、EMotの地図画面上で出発地と目的地を指定すれば、走行中の車両の進行方向や他の利用者の予約状況などからAI(人工知能)技術を用いた配車システムがルートを算出し、最適な乗降地点が提示される(図1)。

 オンデマンド交通は、路線バスでは対応し切れない移動ニーズを補完するための手段として期待する。新百合ヶ丘駅周辺では、自家用車の利用が多く交通渋滞が起こり易く、路線バスなど二次交通の利用が広がらないという課題がある。駅が谷地にあり、地域住民は駅を囲む丘陵地に住んでいるため、一部地区では最寄りのバス停まで高低差があることも課題だ。

 しんゆりシャトルの実証実験は、新百合ヶ丘駅周辺の約5キロ平方メートルを運行エリアに、2020年2月17日から4月8日までと、2021年2月17日から5月16日までの2度にわたり実施した。

静岡鉄道ら:キャンペーンによる行動変容でラッシュ時の混雑を緩和

 静岡鉄道を代表幹事とする「静岡型MaaS基幹事業実証プロジェクト」は、静岡市内の各地域が抱える課題やニーズに対応するためのMaaSの実証実験を展開している。誰もが利用しやすい新たな移動サービスの提供と持続可能なまちづくりの実現が目標だ。

 その一環として、公共交通の利用促進や混雑平準化などを目的に利用者に行動変容を促す実証実験「静鉄に乗ってお得にお買い物しよう!キャンペーン」を実施した。静岡市の中心市街地にある静岡鉄道の駅周辺を対象に、2021年12月から2022年1月末にかけて展開した。

 実験では、2種類の取り組みを実証した。1つは、乗客が利用する駅に応じて対象エリアや店舗が異なる割引クーポンの配信である。利用者の乗降駅データを基に、普段は訪れない駅や商業施設を訪れたくなるような情報を提供することで、公共交通の利用促進を図った。

 乗降駅データの取得には、キャンペーンへの登録方法によって2つの方法を用意した。(1)静岡鉄道のICカード「LuLuCa」および「Suica」などの交通系ICカードを専用端末にタッチすることによる乗降履歴の取得と、(2)各駅に設置したLINEビーコンによるスマートフォンの位置情報取得である。

 クーポン配信時には、乗降駅データに、乗車時の気象データや鉄道車内の混雑情報などを組み合わせて分析することで、利用者それぞれの条件に応じたクーポンを選択できるようにした(図2)。

図2:キャンペーンで実施したクーポン配信の仕組み(出所:静岡鉄道提供資料)

 もう1つは、ターミナル駅のために混雑しやすい新静岡駅の利用者を対象に、割引クーポンを配信し、通勤時間帯のピークシフトを促す取り組みである。

 鉄道の混雑度合いをAIシステムで予測し、利用者にオフピーク通勤を提案するメッセージを送信。その利用者が乗降時間を変更したことが乗降駅のデータから検知されると割引クーポンを配信し、混雑が平準化されるように行動変容を促した。

 静岡鉄道では、新型コロナウイルス感染症の拡大後、利用者数が大きく減少している。それでも通勤・通学ラッシュなどの時間帯には混雑の平準化は課題だ。加えて沿線地域では、街を行く歩行者数の減少が課題になっている。

 次回は、地方型MaaSの取り組みの特徴や、解決を目指す課題、取り組み事例を紹介する。

本連載は、インプレス総合研究所が発行する調査報告書『MaaSのサービス構築とデータ活用の最新動向2022』(2022年4月)の内容の一部を抜粋・再編集したものです。下記から無料のサンプルPDFをダウンロードいただけます。

     MaaSのサービス構築とデータ活用の最新動向2022