- Column
- スマートシティを支えるBIMデータの基礎と価値
「建設×デジタル」で持続可能な社会に貢献する【第8回】
「見えないもの」が見えていた職人のノウハウをデジタル化する
建設業がBIMを活用する狙いを筆者は、(1)生産性向上と(2)創造(想像)力の解放にあると考えています。これらを実現するために“可視化”を徹底することがBIMに与えられた大きな役割です。
筆者は新卒で野原産業(現野原ホールディングス)に入社し、建設業界で働くようになりました。先輩方には厳しくも暖かく育てていただきましたが、その過程を一言で表現すれば「見えないものを感じる力」を身に付けるための徹底した訓練だったと言えます(図2)。
「見えないもの」とは例えば、設計段階における竣工後の建物のイメージです。そのために、平面(2次元)の図面から立体(3D)物を想像できるように訓練をします。熟練の「職人さん」は平面図を見ただけで“パッ”とイメージできるのです。
この「見えないもの」が見える能力を身につけるために筆者は、2次元図面から立体的な建物が実際にできていく過程を、現場に足繁く通い確認することで、その現場感覚を養いました。同時に、「こうしたい」という見えない立体的なイメージを平面図面で表現することにも取り組みました。両者の繰り返しが経験となり能力になっていきました。
ここで言う「職人さん」とは、実際に施工する熟練工だけでなく、積算士や設計士など建設プロジェクトに関わる種々のプロセスにおいて、さまざまな専門的職能を持つ人を指します。
こうした能力を使い、例えば積算士は概算積算段階において、詳細度の低い2次元図面から、その時点では「見えない」完成形の立体的な建物を想像しながら、必要な建築資材の数量を想定し、さらに数年後に必要になる資材価格や労務価格を予測します。設計士なら、建築基準法だけでなく、地域の条例に記されている法規の内容も建物の制約条件に加味し、立体的な完成形をイメージして平面図面を作成します。
このように建設プロジェクトに関わる「職人さん」の頭の中は、常に「見えないもの」を立体(3D)でイメージする行為が繰り返されているのです。
しかし、こうした「見えないもの」の多くは、BIMによる可視化が可能です。建設プロジェクトのメンバーは企画・設計段階から、建物や、その周辺環境を3D以上の仮想モデル(CG:Computer Graphics)として見ることができます。BIMの最小単位であるBIMオブジェクトに、建材の仕様や形状・デザイン・価格などを付加すれば、誰もが可視化された情報を容易に共有できるようになります。BIMで最もメリットを享受できるのは建築主であり、建設前の「見えないもの」をイメージしやすくなります。
さらに、AI(人工知能)やIoT(Internet of Things:モノのインターネット)といった技術と組み合わせれば、熟練者の思考やノウハウを抽出し、未経験者との差を早期に埋めることも可能になります。VR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Augmented Reality:拡張現実)/MR(Mixed Reality:複合現実)などでは、BIMによって可視化させる世界の質感やリアルさ、体験・経験感が格段に向上しています。BIMがもっと早くから普及していれば、筆者の新卒当時の苦労は不要だったかもしれません。
日本の“世界感”をデータ化し人と地球の共存に役立てる
さらに筆者が、「見えないものを感じる力」で最も重要だと感じているのは、日本の職人さんが見ている意識の中にある“世界観”です。日本の職人さんが独自に育み完成させてきたエコシステムと、それによって培われたノウハウとも言えます。それらは日本の宝物であり、世界の建設業に向けて発信できるノウハウだと確信しています。
その観点から筆者らは、世界各国や地域が持つ建築に関する“知恵”のデータベースを構築しながら、日本の優れた伝統文化や建築技術、美意識を世界に伝え、次世代に伝承する活動を続けています。
例えば、奈良・法隆寺などの日本古来の建造物のデータ化が、その一例。現在の構造力学では説明のつかない部分があったり、左官による壁の塗り方1つにしても、かなりのノウハウが使われていたりします。「風水」という演繹性と帰納性を掛け合わせた学習により確立されたアプローチも盛り込まれています。四季があり、周りを海に囲まれ、地震も多く、河川は短く流れが速い日本では、自然と、どう対峙するからは常に大きな課題だからです。
こうしたデータ化・デジタル化が進めば、歴史的建造物の徹底的な解明や、日本に独特の気象条件や地質学的特徴に対応した建設技術の価値などを可視化できるはずです。筆者は、世代を超えて育み伝承されてきた職人さんのノウハウや、知る人ぞ知る暗黙知なども可視化する機能をBIMに追加していきたいと考えています。
BIMは近い将来、都市や建設のインフラになります。自治体がデジタルマップを整備し、域内の建物や住宅の情報をBIMで確認できるようになれば、平時には電気や水道など資源エネルギーの総消費量を可視化し、防災・被災時には早期に注意喚起を開始するといったことが可能になります。
さらにBIMは、建設のプロだけでなく、その建物や空間を利用する居住者/生活者も利用できるものになるでしょう。IoT(Internet of Things:モノのインターネット)が建物に実装され、建物向けの基本ソフトウェア(OS)が組み込まれることで、スマートフォンのようなスマート住宅が増えれば、BIMと屋内の室温や家電の状態などを示すデータがつながっていくます。そこから、より住民に寄り添った新たなサービスも登場するでしょう。