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DXに成功している組織が採っている傾向と対策とは【第2回】

陳 帥良(ペガジャパン ソリューション・コンサルティング エンタープライズ・アーキテクト)
2022年8月17日

A銀行の取り組み策:DX推進の中枢組織としてのCoEを設置

 例えばA銀行では、DXへの取り組みとして、顧客体験や顧客サービスの向上を目的に、スマートフォン用アプリケーションやチャットなど様々なチャネルをリリースし、AI技術の導入も進めていました。これらのツールや技術の導入では、一定の効果を得ていたものの、既存のデジタル資産をどのように生かし、さらなる収益の拡大にどうつなげていくのかが次のチャレンジでした。

 そこでA銀行はまず、DX推進の中枢組織としてCoEチームを立ち上げます。ベストプラクティスやツールのほか、調査、サポート、トレーニングなどの部門出身者で構成される専門チームです。ビジネスプロセス管理や顧客関係管理、ビジネスドメインなどの分野で豊富な経験を持つスタッフで構成され、ビジネス部門を支援し、プロジェクトを成功に導くためのサポートを提供します。

 A銀行のCoEは、デザインシンキングの手法を利用し、カスタマージャーニーの徹底的な分析に取り組みます。同行におけるカスタマージャーニーとは、「顧客1人ひとりが客観的な目的を達成するための一連の活動やイベントの集まり」と位置づけられています。

 分析では特に、パーソナライズによって顧客1人ひとりをサポートできる分野を探っていました。例えば、ある顧客が、どのサービスに興味を持っているのか、どのチャネルからアクセスしたか、どんな時間にサイトを閲覧しているかといった情報をAI技術で解析し、最適なサービスを、最適なチャネルを使って、最適な時間に提供できば、顧客エンゲージメント(信頼関係)の向上が期待できるからです。

 ただしA銀行のCoEは、カスタマージャーニーの分析と、そこからひらめいたビジネスチャンスのリストアップに時間が掛かるようになりました。理由は、リストアップされたビジネスチャンスが数千個もあったためです。数千個のビジネスチャンスを一気に試すために必要なシステム実装予算の確保は容易ではありません。

 このとき以下の3つが障壁になりました。

障壁1 :チャネルごとにプロセスを実装しAI技術を適用するためには、例えばAIモデルを変更する際には、すべてのチャネルで変更作業が発生し、拡張性やアジリティが低下しコストも高くなる

障壁2 :未知の世界においては手探りで進めていく必要があるため、最初から万全な要件定義が難しい。プロセスを調整しながら進めていくためには、データサイエンティストやアプリケーションエンジニア、ビジネススペシャリストがコラボレーションしやすい土台が必要になる

障壁3 :サイロ化された既存システムのデータ統合やシステム間の連携が簡単に実現できない

 これら3つの障壁を取り除くためにA銀行が導入したのがDPAです。

DPAを基盤にビジネス部門とIT部門の役割分担を明確に

 DPA導入後のCoEの仕事は、ビジネス部門との“折り合い”をつけることに変わります。ビジネスの現場で最も試したいことを重視し、ビジネスチャンスに優先順を付けるのです。優先順によるフィルターにより、何千とあったビジネスチャンスは最終的に数百個に絞り込めました。

 数百個に絞り込んだビジネスチャンスを、バックログとしてビジネス部門(ビジネスユニットやチーム)に落とし込めば、ビジネス現場が利用するプロダクトとして各ビジネス部門の予算で実装できるようになります。

 インフラやインテグレーション、セキュリティといった“一時的な作業”は、従来どおりIT部門のプロジェクト予算で実施します。アプリケーションはノーコード開発で実装するため、ビジネス現場の予算で組み立てていきます。これにより責任の所在(KPI:重要業績評価指標に対する責任)が明確になり、全体最適とアジリティの両立が実現できます。

 結果、ビジネス部門は、自由あるいは権限委譲が可能な組織となり、IT部門は、全体最適化を犠牲にすることなく、インフラとインテグレーション、セキュリティへのオーナーシップを持っています。組織構成の変更と相まって、A銀行は、シンプリシティー(単純さ)、アジリティ(俊敏さ)、バリアント(変異体)の確保を実現しました。プロダクト思考でパーソナライズを進めることで、クリックスルー率が66%、顧客満足度は12%向上しました。

 A銀行の事例が示すように、CoEを成功させるためには、人、プロセス、テクノロジーの3つのポイントを抑える必要があります。中でも重要なのは「人」です。適切なハードウェアスキルとソフトウェアスキルを持つスタッフで構成され、明確な役割と責任、定義が必要です。ビジネス部門とIT部門の役割分担を明確にしながら、ビジネスイノベーションという接点での融合が重要になります。

 次回からは、DXを推進するプロジェクトリーダーの勘所として、DX成功の要件/要素を個別に解説していきます。

陳 帥良(ちん・すいりょう)

ペガジャパン ソリューション・コンサルティング エンタープライズ・アーキテクト。外資系生命保険会社のイノベーションチームに所属し、ソリューションアーキテクトとしてクラウドやRPA、AI、ビッグデータなどの先進テクノロジーを導入し、自社ビジネスに直結する数々のプロジェクトを成功に導いた経験を持つ。最新テクノロジーとビジネス現場をつなぐPegaの「センター・アウト」の理念とソリューションに賛同し、エンタープライズアーキテクトとして2021年ペガジャパンに入社。国内外のPegaクライアントにおけるDX推進をサポートしている。