• Column
  • 医療と健康を支えるデジタル活用の最前線

医療のデジタルツインでは患者と医療関係者が共有できる電子カルテが重要に

「メディカルDX・ヘルステックフォーラム 2022」より、東京大学大学院 大江 和彦 氏

ANDG CO., LTD.
2022年11月22日

医療情報の流通を促す標準規格に合わせたデータの構造化が必要に

 標準化に向けた動きは当然ある。厚生労働省は2000年初期から標準規格制定に取り組んでおり、現在は20ほどの厚労省標準規格が存在する。「SS-MIX2」という標準化ストレージを経由したデータ収集の仕組みも、その一例だ(図2)。

図2:「SS-MIX2標準ストレージ」では、規格が異なる各社の電子カルテデータを標準化して格納することで多目的な利用を目指す

 SS-MIX2では、データの標準化に1980年代に開発されたHL7V2.5規格を採用している。一方、米HL7協会は、次代の医療情報共有のために「HL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources:ファイアー)」を開発している。日本でもHL7 FHIRを採用した4つの医療文書の規格が2022年3月に厚労省標準になっている。

 こうした取り組みにより「今後は医療情報や健康情報も電子化され流通するようになる」と大江氏はみる。例えば貨幣は、直接やり取りする時代から銀行に預ける時代を経て、クレジットカードやスマートフォン用アプリケーションでキャッシュレス決済を行う電子的な取引に発展した。医療・健康データも「同様の発展を遂げ診療の高度化に貢献していくだけでなく、研究開発や個人の生活習慣改善などのために二次利用されるようになります」(大江氏)

 データの標準化と二次利用の動きが進む一方で、大江氏は「電子カルテに入力される情報が整理されていないため、間違った情報、あるいは不十分な情報が流通されてしまいます」と危惧する。病名1つをとっても、レセプト(診療報酬請求)や電子カルテのオーダシステム、経過記録、病理診断、診療要約などで入力のされ方が異なる。「データの利用目的が異なるためで、統一するわけにもいかないのです」(大江氏)

 例えば電子カルテでは、検査のオーダーや結果は自動的に記録される。だが医療従事者が自分で記録する場合は、記入漏れが発生したり、自由文形式で記された文章は医療日記のようなものになったりしてしまう。つまり、データが構造化されておらず、二次利用がしにくい状態になっているのだ。

 大江氏は、「これからの電子カルテは機械がデジタル処理できるように、データを記録し、構造化し、保存していく必要があります」と強調する。そこでは、「、入力インタフェース自身が構造化・再利用を意識したものでなければなりません。人の介入をできる限り減らし自動で記録する仕組みも必要になります」(同)

 その実現に向け大江氏の研究室では、医療機器メーカーのニプロと共同で、看護師がベッドサイドで輸液ポンプを交換したり設定を変更したりする行動をセンサーやモバイルで感知し、電子カルテのオーダー情報と照合して自動記録する仕組みの構築に取り組んでいる。オーダー情報と異なる行動を感知すればアラートを発するといった使い方もできるという。

患者と医療関係者が共有できる電子カルテを目指す

 さらには、患者が得る情報と医療関係者が持つ情報の統合も重要になる。患者が自身の生活圏で記録する健康情報と、医療機関が計測・診断などによって取得する情報は現状、別々に管理されている。患者が医療記録を見るためには開示請求をする必要がある。受け取れる情報はデータでなく、紙への印刷物である場合が多い。

 この課題に取り組むのが、次世代電子カルテ共通プラットフォーム実現を目指すコンソーシアム「NeXEHRS」だ。大江氏自身が理事長を務め、「患者個人を中心とした情報管理を実現し、それを医療者や患者が使う」というコンセプトとして掲げる。

 大江氏は、「NeXEHRSが目指す情報プラットフォームでは、電子カルテの情報に患者がスマホなどからアクセスし、自らが得た記録を追記できるようになります。これまでのカルテは医療側の発想から生まれました。それを今後は、患者と医療関係者が共に記録し一緒に使えるよう、共有し合える電子カルテの形に変えていきたいのです」と力を込めた。