• Column
  • 医療と健康を支えるデジタル活用の最前線

人口減少化で医療領域の未来をつなぐのはデジタル技術と共助

「メディカルDX・ヘルステックフォーラム 2022」より、デジタル庁の村上 敬亮 氏

中村 仁美(ITジャーナリスト)
2022年11月30日

 人口減少の中で労働生産性(=1人当たりの付加価値額)や賃金を高めるには、「シェアードエコノミーなどを積極的に活用したサービス重視の経済への移行が重要になります。さらに、デジタル技術を活用し“共助のビジネスモデル”を積極的に活用した新たな生活経済モデルを構築しなければなりません」と村上氏は続ける(図1)。

図1:ものづくり中心の経済からサービス中心の経済へ

 共助のビジネスモデルが必要な理由として村上氏は、「市場の縮小期に各事業者がバラバラにデジタル投資をしても、全員が投資を回収できるとは限らない。かといって国や自治体も、道路や光ファイバーといった社会インフラには公的支援ができても、特定の事業者が利用するデータ連携基盤や決済・自動走行のためのインフラなどへ公的支援するのは難しいためです」と説明する。

 例えば、医療業界においても今後、データ連携基盤などの整備が必要になってくる。昨今のスマートウォッチでは、脈拍や血圧、呼吸、体温などのバイタルデータを取得できるようになってきたものの、そのデータを活用した予防診療サービスは、すべての医療法人が活用できるようにはなっていない。スマートウォッチや医療機関によってデータモデルやデータ形式が異なるからだ。

 包括的に利用できるようにするには、「異なるデータモデルやデータ形式を翻訳する機能が必要になります。だが、それは1つの病院ができるものでもなければ、スマートウォッチのベンダーも安価に構築できるものではありません。関係者が共有すべきデータ連携基盤に投資できる主体がいないため、包括的な利用が進まないのです」と村上氏は指摘する。

医療領域においてもデータ連携基盤など共助の仕組みが必要

 医療現場も、データ連携基盤は必要だ。例えば「夜間の緊急医療現場では、若手医師がベテラン医師に相談したくても、なかなかつかまらず困るといった問題が起きています。処方を参照できる情報共有インフラがあれば、ベテラン医師に相談しなくても対応が可能になるかもしれません」(村上氏)

 こうした仕組みを実現するためには、医療機関の“共助”によるカルテの標準化やデータ活用基盤の構築が必要になる。「なかなか足並みが揃わないのが現状ですが、実現できなければ競争領域への投資も動くことはありません。特に地方の医療サービスになればなるほどシリアスな問題になります」と村上氏は話す。

 こうしたデータ連携基盤を実現するための取り組み例として村上氏は、北海道十勝にある更別村でのデジタル田園都市国家構想を紹介する(図2)。更別村は人口3000人の農業主体の村。大規模農業による機械化が進んだことで逆に「横のつながりがなくなってしまった」(村上氏)という。

図2:北海道河西郡更別村におけるデジタル田園都市国家構想の取り組みイメージ

 そこで、世代を超えた横のつながりを再生するために、医療サービスを含め、カラオケやジムやサウナなどの利用といった村民向けサービスを3980円で利用できるようにした。高齢者には旧バージョンのiPhoneを無料配布している。医療サービスでは、オンライン診療への切り替えが可能で、二次診療以降は市内の病院が協力・連携する。交流施設やインキュベーション施設に加え、行政サービス機能などを備えたデジタル公民館も用意する。

 リアルとバーチャルを組み合わせた村民サービス活用の鍵を握るのが「コミュニティナース」の存在だ。コミュニティナースは、「地域の暮らしの身近な存在として、毎日の“嬉しい”や“楽しい”を一緒に作り、心と体の健康と安心を実現する人材」(村上氏)だ。全国に約800人程度ながら、更別村では3人のコミュニティナースが活躍しており、高齢者などの各種サービス利用を支援している。

 「サービスの原価は1万2000円。実証期間中は、その3分の1を村民が自己負担する形になっています。2022年度中には、村民の1割に当たる300人への普及を目指しています。人口減少が続く日本では、シェアードや共助の仕組みを担うシステムを作り込んでいかなければ、未来は、じり貧になってしまいます」と村上氏は主張する。