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求人情報のディップ、CX変革に向けた生成AI活用を8カ月で実現できた理由

「DIGITAL X DAY 2023 Winter」より、ディップ 執行役員の進藤 圭 氏

中村 仁美(ITジャーナリスト)
2024年3月11日

バイト情報サイト「バイトル」など手掛けるディップは、CX(Customer eXperience:顧客体験)の変革に向け生成AI(人工知能)技術の適用を進めている。最初のプロジェクトでは、CXのためのサービスを8カ月で作成した。同社の執行役員 商品開発本部本部長 兼 メディアプロデュース統括部長の進藤 圭 氏が、「DIGITAL X DAY 2023 Winter 生成AIで高めるCX(顧客体験)」(主催:DIGITAL X、2023年12月15日)に登壇し、現場を含めた全社に、どのようにして生成AIの利用を広げていったかを解説した。

 「AI(人工知能)チャットサービス『ChatGPT』の登場を受け当社では、生成AIを活用しCX(Customer eXperience:顧客体験)を変えるようなサービスを8カ月で作ることにチャレンジし、生成AIの利用率が90%を超えるまでになった」--。ディップの商品開発本部本部長 兼 メディアプロデュース統括部長の進藤 圭 氏は、こう話す(写真1)。

写真1:ディップの商品開発本部本部長 兼 メディアプロデュース統括部長の進藤 圭 氏

 ディップは、バイト情報サイト「バイトル」や総合求人サイト「はたらこねっと」など運営する人材サービス会社。2021年11月には経済産業省が定める「DX認定事業者」の認定を取得した。進藤氏は、社内だけでなく、東京都や大阪府、政府機関などのDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援してもいる。

現場の関心が薄いなか3段階3ステップで変革を推進

 ただ進藤氏は、「当社はDX認定事業者とはいえ、社員の65%は営業職であり、ITリテラシーは決して高いとは言えない」という。経営層が「生成AIで世の中が変わりつつある」と訴えても、「従業員の反応は薄かった」と明かす。

 加えて進藤氏は、ディップがDXで目指すCXについて、「CXの構造は複雑だ。会社、習慣、サービスの顧客接点のすべてがCXに関係し、それぞれが変化しなければならない」と指摘する。その一例としてマイナンバーカードを挙げる。

 同カードはサービスの顧客接点を非接触にしたものの、役所で何か申請しようとすると、窓口の担当者が同カードの使い方を知らなかったり、紙の書類に記入しなければならなかったりと「ストレスフルな状況のまま」(進藤氏)。つまり、「顧客接点だけを変えても、顧客が実際に受けるCX体験は変わらない」(進藤氏)というわけだ。

 現場の反応が薄いなかでディップは、複雑なCXの向上に結び付くサービスを8カ月で、どうやって開発・導入を進められたのか。進藤氏は「(1)会社を変える、(2)業務・習慣を変える、(3)対顧客サービスを変える、の3段階で進めた」とし、各段階でのポイントを解説した。

(1)会社を変える=小さく始める

 ディップが生成AIの活用に向けて、まず取り組んだのが「会社を変えること」(進藤氏)である。ただ、「大規模に進めようとすると企画書を書いたり稟議を通したりする手間が出てくる。『小さく始める』ことをお勧めする」と進藤氏は強調する。そのうえで、会社を変える段階での3つのポイントを挙げる。

ポイント1:日常使うモノから始める

 進藤氏は「業務フロー全体を対象にしたり、業務改善など大きな話にしたりしないことが大切だ」と力を込める。

 ディップの求人事業では、「数十万の人材募集企業、1000人超の営業、100人超の制作、数十万件の掲載をサイトに掲載する」という複雑なフローが動く。その中でディップが最初に生成AIに置き換えたのは、メールの返信業務である。「無料でできる範囲で始め、まず『どんなものか』触れてもらうことにした。仕事の流れを変えず試してみることが大切だ」(進藤氏)という。

図1:ディップにおける業務フローの全体像

ポイント2:自社に合った仕組みを入れる

 まずは触れてもらった後、「『これは意外と使えるかも』という空気が出てきたタイミングで実施する」(進藤氏)だ。ここでも「完璧を目指さないことが重要だ」(同)という。

 ディップが導入を決めたのはAIチャットサービスの「ChatGPT」(米OpenAI製)である。「要約・生成に強い、統制しやすい、システム連携しやすいという理由から選定した」(進藤氏)。同社の生成AIの導入目的はCXの変革だ。「こういう用途に使いたいと目的を定めたうえで選んでいくことが大事だ。『他社が使っているから』という理由は関係がない」と進藤氏は勧める。

ポイント3:全員が参加できる仕組みにする

 ツールを導入しても使われなければ意味がない。全員参加に向けディップではまず、ChatGPTの利用費用を補助することを社内に宣言。次に安心して使える環境を作るために社内ルールを作ったうえで、CHO(最高人事責任者)が「使うように」と指示を出したという。プロジェクト開始から2カ月で全社での利用を開始した。

 最後に組織をうまく使っている。ディップでは「DXアンバサダー」と呼ぶ係を設置し、ChatGPTをはじめとするツールの現場への導入を推進している。2023年末のDXアンバサダー数は250人。「彼らが生成AIの使い手として現場の業務変革に取り組んでいる」(進藤氏)という。

 こうした取り組みによりディップは、「ChatGPTの導入を決定してから2カ月で全社での利用を開始した」(進藤氏)