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  • DXの核をなすデータの価値を最大限に引き出す

領域横断でのデータ活用サイクルの確立がデータの価値をさらに高める【第6回】

佐藤 恵一(日立製作所 公共システム事業部 パブリックセーフティ推進本部)
2024年7月11日

第5回は、データ活用サイクルのステップ3である活用段階の取り組みについて説明しました。データが持つ価値をより高めるには、ヒトのデータとモノのデータなど、複数領域のデータ活用サイクルをつなぎ合わせることが重要になります。今回は領域をまたがるデータ活用について説明します。

 第5回で紹介した疾患レジストリの事例では、データ活用サイクルが回っているものの、資金面では課題が残っていました。データ活用サイクルを継続して回し続けるためには、第1回で説明した経済合理性を確保する必要があります。

経済合理性の確保策の1つはコスト削減のための投資

 経済合理性を確保するための分かりやすい考え方は、「コストを削減するために投資する」というものです。例えば、煩雑な処理を手作業で実施しており、システム導入によって人件費の削減が期待できる場合、「このシステムを500万円で導入すると、1000万円の人件費(コスト)削減が期待でき、500万円の投資対効果が得られる」といった具合です。

 この考え方では、投資対効果をある程度算出できるため、多くの場合、投資リスクはシステムを発注する側が負ってきました。しかし、データ活用で目指す社会価値の創造に向けた取り組みでは、投資対効果が不明確であるだけでなく、必ずしも直接的なコスト削減に結びつくとは限りません。そこでコスト削減を訴えたとしても信頼性を疑われ、投資の承諾を得られない場合も多くあります。

 そこで近年注目されているのが、成果連動(PFS:Pay For Success)型のビジネスモデルです。成果連動型の経済合理性は、「成果に対して支払う」という考え方です。例えば、「ある取り組みで1000万円の成果が出たら、システムの利用料金として500万円を支払う」といった具合です。

 このモデルは、発注側と受注側が利益とリスクを共有することから、「レベニューシェア」とも呼ばれます。現れた成果に対して支払いをするため、受注側は相応の成果を出す必要がありますが、発注側が取り組みを進めやすくなるというメリットがあります。

 コスト削減のための投資におけるデータ分析の必要性を、自治体における医療費・介護費を通じて考えてみます。

 昨今、高齢化に伴い医療や介護を必要とする住民が増え、自治体の予算を圧迫し始めています。経済産業省は、疾患分野別に予防対策を講じた場合、2034年に60歳以上の医療費は710億円、介護費は3兆2000億円の減少が見込めると試算しています。ただ各自治体等にすれば、予防対策のための十分な予算を獲得しなければなりません。

 十分な予算を獲得するためには、その経済合理性を確保する必要があります。介護予防の取り組みは、自治体職員の労力を多く必要としますが、労力には限りがあります。業務効率化で人件費などのコストを削減していくとともに、より多くの住民の参加を促し、効果の最大化を目指す必要があります。

 加えて、コスト削減と参加住民数の増加という二律背反する要求に応えなければなりません。住民1人当たりの医療費や介護費の減少額が分かれば全体の効果を算出できますが、そのためには、信頼性の高いデータを高精度で分析する必要があるのです。

エビデンスの構築と住民の継続的な参加も重要

 介護予防への取り組みにおいては、経済合理性の確保に加え、(1)取り組みに対するエビデンス(証拠)の構築、(2)住民の継続的な参加、が大きな課題になります。

(1)取り組みに対するエビデンス(証拠)の構築

 エビデンスの構築には、住民1人当たりの医療費・介護費の減少額の導出も含まれ、成果連動型ビジネスモデルとして実現するために必要不可欠です。減少額の導出には、全国の自治体が医療・介護などに関する情報を活用できるKDB(国保データベース)システムのデータや、民間が保有する個人の健康・医療・介護関連データであるPHR(Personal Health Record)など、官民の領域にまたがる信頼性の高いデータが必要になります。

 それらデータはバラバラに存在していることが多く、分析ができるように統合しなければなりません。そうして初めて、AI(人工知能)技術などを使った分析が可能になりエビデンスを構築できるのです。エビデンスがあることで、発注側は予算を確保しやすくなるといったメリットが生まれます。

(2)住民の継続的な参加

 住民の継続的な参加は、取り組みを成功させるうえで最も重要なポイントです。かつ長期的なデータに基づくエビデンスの構築にも不可欠です。

 近年は、予防に向けたアプリケーションの開発が活発になってきています。中には、種々のIoT(Internet of Things:モノのインターネット)デバイスと連携してデータを取得するアプリも存在します。ただ、それぞれが個別にデータを収集している例が多く、開発期間やデータ項目の制限などにより、小規模の実証にとどまっているケースが少なくありません。

 比較的短期間に、住民が継続して利用してくれる良質な予防サービスを開発するためには、システム開発者が種々のデータに素早くアクセスできるセキュアな環境が必要になります。