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  • 富士フイルム流・ブロックチェーン技術を用いた情報基盤「DTPF」の作り方

富士フイルムグループのDX戦略と“トラストファースト”な情報基盤「DTPF」の価値【第1回】

杉本 征剛(富士フイルムホールディングス)、高橋 正道(富士フイルム)
2024年4月15日

3段階でのDX推進に向け“トラストファースト”な情報基盤「DTPF」を構築

 富士フイルムグループがDXで目指すのは、製品やサービスを「持続可能な社会を支える基盤」として定着させることだ。そこに向けては3段階からなる「DXロードマップ」を定めている(図3)。

図3:3つのステージからなる「DXロードマップ」

 事業ごとにステージは異なるが、2024年1月時点では多くの事業がステージⅡと同Ⅲの段階に移行中である。ステージⅡでは、顧客に、単にモノを提供するだけでなく、デジタル技術を活用することで、その利用価値を継続的に高めていく。

 2030年度をゴールにするステージⅢでは、当社と複数のパートナー企業による「エコシステム」の実現・定着を図る。将来的には、さまざまな業界における共創を実現することで、それぞれの強みを生かしながら、持続可能な社会の実現に寄与する製品やサービスを提供し続けるのが目標だ。

 ステージⅢの実現に当たり不可欠なITインフラが“トラストファースト”にこだわった情報基盤「DTPF(デジタルトラストプラットフォーム)」である。企業や個人の間で発生するデジタル情報に基づく、さまざま取引において、取引相手、取引データ、取引スキームの3つに対し“トラスト(信頼性)”を担保する(図4)。そのためにブロックチェーン技術を応用した。

図4:DTPFが担保する3つのトラスト

 DTPFの開発に当たりトラストファーストにこだわった背景には、当社が志向するビジネスの姿にあっては、情報共有の安全性に関する考え方もアップデートする必要があるという危機意識がある。

 DXロードマップが進行すれば、パートナー企業など社外との間で、機密性の高いデジタル情報のやり取りが今まで以上に増える。それらすべてを電子メールや添付ファイル、特定企業が提供するクラウドサービスなどに依存することは、情報の漏えいなどのリスクが高いと考えられる。

 例えば当社は既に、インドなどの新興国において健診センター「NURA(ニューラ)」を開設し、がん検診を中心とした健診サービスの提供を始めている。今後は、受診者により良いサービスを提供するために、社外とも健診データを共有・活用することを視野に入れている。

 ただ、健診データなど機密性の高い個人情報は、適切に利用されれば、個人にも多くのメリットが生まれるものの、インターネットを通じて誰かに渡すことには不安を覚える人は多い。こうしたジレンマを解消し、誰もが機密性が高い情報を安心・安全にやり取りできるよう、複数の企業や国などをまたぐ情報共有の安心・安全を担保することは、情報の発信元である当社が果たすべき責任だと考える。

 そのうえでDTPFは2つの特徴を持っている。1つは、取引相手、取引データ、取引スキームに関するデジタル情報に対して検証可能な領域を柔軟に変えられることだ。適用領域におけるユーザーの数、記録するデータの大きさ、検証が求められる頻度やスピードなど、ユースケースの特性に応じて検証可能な範囲を設定できる。

 インターネット自体のアーキテクチャーは、検証可能な領域がない自由な世界だと言える。そこにブロックチェーン技術を応用することで、取引のすべてを検証可能にしている。

 もう1つの特徴は、現場開発が可能である点だ。DTPFは、上述したプラットフォーム指向で開発されている。データ層とアプリケーション層が分離(疎結合)されており、アプリ層のみを個別開発すれば、さまざまな現場で利用できる。開発には、業務アプリのためのローコード開発ツールを採用することで、現場部門が自力で独自機能を追加できるようにした。

 DTPFは既に複数の事業領域で導入検討や利用が始まっているが、利用する事業や業務がさらに広がれば、現場部門からは「こういう機能もほしい」といったカスタマイズ要望が増えると予想される。ICT部門が、すべての要望に応えるのは物理的に限界があるだけに、現場ニーズに合わせて現場の担当者自らがカスタマイズできることは重要なポイントになる。

機器が発するIoTデータや公共分野の情報の扱いも視野に

 現在、DTPFが主に扱っているのは、部品調達や健診などを対象に、ヒトを起点にしたデータである。今後は、医療機器や複合機、デジタルカメラなど当社製品から収集されるIoT(Internet of Things:モノのインターネット)データ、さらには取引企業に対する支払いなど決済情報にも適用できると考えている。

 つまり、企業活動に不可欠なヒト・モノ・カネに関するあらゆる情報をトラストファーストな環境で扱える可能性がある。中長期的には、これらの情報がDTPFを通じて密接に連携することで、トラストを担保しながら、当社ビジネスの大幅な自動化を視野に入れる。

 さらには、個人情報の取り扱いが多い公共分野にも利用の場があると考える。民間・公共を問わず、機密性の高い情報の扱いが課題になるケースは多いだけに、そこにDTPFが支援できる可能性は多分にあるだろう。

 次回は、ITベンダーではない富士フイルムグループがなぜ、DTPFを自社開発したのかについて説明する。

杉本 征剛(すぎもと・せいごう)

富士フイルムホールディングス 執行役員 CDO ICT戦略部長 兼 イメージング・インフォマティクスラボ長。1989年九州大学大学院 総合理工学研究所 情報システム学専攻修了後、富士写真フイルム(現富士フイルム)入社。システム開発分野、AI/ICT研究分野に従事し、2019年ICT戦略推進室長(現ICT戦略部長)およびインフォマティクス研究所長(現イメージング・インフォマティクスラボ長)に就任。2020年4月より現職。

高橋 正道(たかはし・まさみち)

富士フイルム ICT戦略部 イメージング・インフォマティクスラボ 統括マネージャー。1999年慶應義塾大学大学院 政策メディア研究科修了後、富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)入社。2005〜2007年MIT Sloan School of Management, Center for Collective Intelligence訪問研究員。2022年富士フイルムに移籍。ブロックチェーン技術の応用研究に従事。