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  • 富士フイルム流・ブロックチェーン技術を用いた情報基盤「DTPF」の作り方

富士フイルムが開発・運用する情報基盤「DTPF」のこれから【第5回】

杉本 征剛、鍋田 敏之、高橋 正道、大石 豊(富士フイルムグループ)
2024年8月13日

医療関連分野のデータとの接点がDTPFの適用可能性を高める

 事業の観点からDTPFの適用可能性を展望した場合、医療機器や医療ITサービスを提供するメディカルシステム事業は特に有望だと言える。

 当社のメディカルシステム事業におけるビジネス上の特徴は、世界中の医療機関に対し製品/サービスの導入実績が高いことである。X線画像診断システムやCT(Computed Tomography:コンピュータ断層診断装置)などで撮影した医用画像を統合管理するPACS(医用画像情報システム)では世界トップシェアを持ち、画像診断分野の関連データとの接点を持っている。

 通常、X線画像診断システムなどでの撮影画像は、受診者の手元にはなく、医療機関が保有している。しかし、例えばこれらの撮影画像を他所で実施された定期健診データとひも付け多角的に分析できれば、潜在的な疾患リスクを明らかにするといった新たなサービスを創出できる可能性がある。受診者にとっては、自身の健診データを価値のある「健康資産」に変えられる。DTPFは、その際に不可欠な安心・安全なデータ連携の基盤になり得る。

 DTPFは医療技術の発展にも寄与できる可能性がある。近年、画像診断におけるAI(人工知能)技術の活用に注目が集まっている。だが技術開発の難易度が高く、時間も掛かるという問題がある。この問題に対し当社は、プログラミングなどの専門知識がなくても医師や研究者が画像診断支援AI技術を開発できるクラウドサービス「SYNAPSE Creative Space」を提供している(図3)。

図3:画像診断支援AI技術の開発を支援するサービス「SYNAPSE Creative Space」の利用の流れ

 今後、受診者の同意の下、当社PACSに集積された撮影画像を学習データとして活用できれば、画像診断支援AI技術のさらなる進化が見込める。その際、大量の撮影画像の集積・連携するための基盤がDTPFになる。

これからの社会を支える“トラストファースト”な世界を目指す

 当社は、写真フィルムを原点に事業の多角化を進めてきた。現在は、ヘルスケア、エレクトロニクス、ビジネスイノベーション、イメージングの4つの事業領域で製品/サービスを提供し、社会課題の解決への貢献を目指している。事業領域の広がりに比例して、DTPFの適用可能性も高まっていると言える。

 DTPFは自社内で開発している。そのために、DTPFを利用する現場部門との議論を重ねながらPDCAサイクルを素早く回すなど、アジャイル開発が可能になっている(第2回参照)。運用段階におけるバージョンアップなどの作業も容易だ。この体制は、DTPFのユースケースを多数、スピード感をもって生み出す原資になると考えている。

 今後、社会全体でDXへの取り組みが進展すると、デジタル空間においては「ヒトとヒト」だけでなく、「ヒトとモノ」「モノとモノ」、さらには「ヒトとAI」といった関係性の中で“面識のない相手”とのコミュニケーションや取引が加速度的に増えると予想される。それだけに、デジタル空間上の取引において「相手」「データ」「スキーム」の正しさを保証することはDXの成否に直結する。

 これまでトラスト(信頼)は、リアルな人間関係や実態のあるモノでしか確立できないと考えられていた。それをデジタル空間でも実現し、そのデジタル空間に関わる全ての人々や企業が、さまざまなメリットを享受し続けられるエコシステムを築くことが、当社がDTPFを通じて目指す“トラストファースト”な世界である。

 トラストファーストな世界の実現は、単に当社ビジネスの拡大につながるだけではない。人々の健康やそれを支える医療、そして社会に貢献する企業として信頼を得るきっかけの1つになると期待する。そこから、利用者を含むステークホルダーに当社へのロイヤリティ(愛着)を感じていただき、ブランド価値・企業価値の向上につなげたい。

杉本 征剛(すぎもと・せいごう)

富士フイルムホールディングス 執行役員 CDO ICT戦略部長、富士フイルム 取締役 執行役員 CDO ICT戦略部長 兼 イメージング・インフォマティクスラボ長。1989年九州大学大学院 総合理工学研究所 情報システム学専攻修了後、富士写真フイルム(現富士フイルム)入社。システム開発分野、AI/ICT研究分野に従事し、2019年ICT戦略推進室長(現ICT戦略部長)およびインフォマティクス研究所長(現イメージング・インフォマティクスラボ長)に就任。2024年6月より現職。

鍋田 敏之(なべた・としゆき)

富士フイルムビジネスイノベーション 取締役 常務執行役員 CTO 技術・開発全般 管掌。1994年東京工業大学 総合理工学部 電子化学専攻修士修了後、富士写真フイルム(現富士フイルム)入社。 2017年医療ITソリューション事業部長へ就任、医療AI技術ブランド「REiLI」を立ち上げた。2018年メディカルシステム開発センター長を兼任し、医療IT・AIを核に据えた付加価値の高い医療機器・サービスの開発をけん引。2019年ICT戦略部次長就任、全事業グループにおける製品DX戦略の加速を推進。2024年6月より現職。

高橋 正道(たかはし・まさみち)

富士フイルム ICT戦略部 イメージング・インフォマティクスラボ 統括マネージャー。1999年慶應義塾大学大学院 政策メディア研究科修了後、富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)入社。2005〜2007年MIT Sloan School of Management, Center for Collective Intelligence訪問研究員。2022年富士フイルムに移籍。ブロックチェーン技術の応用研究に従事。

大石 豊(おおいし・ゆたか)

富士フイルム ICT戦略部 イメージング・インフォマティクスラボ 研究マネージャー。1999年東京都立大学 理学部 物理学科卒業後、日本IBM入社。米IBMの研究所と協働しストレージ関連のソフトウェア開発に従事し、IBMマスターインベンターを拝命。2019年富士フイルムに移籍。ブロックチェーン技術の応用研究に従事。