- Column
- 製造DXの“今とこれから” 「Industrial Transformation Day 2024」より
サプライチェーンや気候変動の課題には現場の知見を活かし全社で取り組む
「Industrial Transformation Day 2024」より、米Slalom日本法人 Manufacturing Practice Leadの石川 啓 氏
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- Slalom
先進する日本のグローバル企業、ブラザー工業のケース
ブラザー工業をはじめブラザーグループの売上高の約8割は海外からによるもので、製造活動の8割も海外で展開されている。それだけに先の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、「ブラザーのグローバルサプライチェーンマネジメントの能力を試す試練でもあった」と西村氏は振り返る(写真2)。現在は、「COVID-19の影響は薄れてきているが、地政学的にも経済学的にも変化が起き『以前には戻れない』というのが現場の実感だ」(同)とする。
コロナ禍では、「サプライチェーンのパラメータが変動し運営が困難になった」(西村氏)。例えば、横浜港からアメリカ西海岸のロングビーチ港までの輸送期間が、従来の14日間が60日を超えることも度々生じた。そのため、「PSI(Production:生産、Sales:販売、Inventory:在庫)管理システムが影響を受け、需要と供給のミスマッチを引き起こした」(同)という。
具体的には、米国内にある販売会社が、製品が届かないため通常より多めに発注した結果、工場は「特需だ」と誤解して増産したところ、船便の輸送日程が正常に戻ると製品が大量に届き、販売会社の倉庫にあふれてしまった。
その後、ブラザー工業はPSIシステムにパラメーターとして「日程」を追加し、上記のような変動に対応できるようにした。だが「実際のオペレーションでは上手く機能しなかった」と西村氏は明かす。「需要減少時にも関わらず販売会社が『増産を望む』といった需給に関する意思の相違にまでは対応できなかった」(同)からだ。
西村氏は、BI(Business Intelligence)ツールのダッシュボードにも限界を感じたとする。「ダッシュボードの表示内容に誰もが必ずしも従うわけではない」(同)ためだ。
この改善に向けては、「データに基づく判断にも、現場経験が豊富なメンバーを集めた」(西村氏)。「デジタルリテラシーの有無よりも、現場での判断経験を持つ人材の重要性を再認識した。部材の欠品時にどう対処するかには、ラインの停止などリアルな判断経験を持つ人が重要」(西村氏)なためだ。
加えて、ダッシュボードの利用状況を調査した結果、「役員層と現場では、気に掛ける指標やデータが異なっていることがわかった」と西村氏は話す。例えば在庫では、「経営陣は金額を気にするが、課長や係長は数量を意識していた」(同)
そこでブラザー工業は、トップマネジメント、ミドル、マネジャー、現場のそれぞれに向けた表示形式を作成し、「表示するデータも大胆に簡略化した」(西村氏)。現在では、「世界中の販社と生産工場がデータを共有し、同じ視点で需給を調整できるようになった」(同)という。
一方のネットゼロの推進では、「デジタルを活用し、工程やプロセスごとの電力使用状況を詳細に把握する必要がある」と西村氏は述べる。ブラザー工業では、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の仕組みにより、電熱系設備の稼働ログと電力消費ログを重ね合わせたところ、「機械の稼働に向けた暖気運転の初期段階だけで1日の電力使用量の大部分を占めることが明らかになった」(同)という。
プリンター用トナーの再生でも、アジア工場では製造時のデータを活用し、部品の再利用率を高め再生コストの低減を図った。業務用プリンターをIoTデバイスの1種に位置付け、顧客の使用状況やトナー返却時のプリント関連データを入手し、製造時のデータと統合して再生費用を最小限に抑えている。
マインドを合わせデータ共有による取り組みを全社で展開すべき
日本企業におけるデータ活用への取り組みでは、「日本と海外の事業所、あるいは部門間での情報連携が進まないという声がよく聞かれる」(石川氏)。この問に対し西村氏は、こう答える。
「ブラザー工業は、顧客に寄り添う精神である『At your side』を重視している。顧客にとっての価値は何かを問うことで、部門間の壁がなくなり、顧客にとって良いことを実行するという共通のマインドに変われる。経営層やミドルマネジメントを含め、会社や顧客にとって何が良いことかを話し合い共有することが非常に重要である」
これを受けて石川氏は、「日本企業がグローバル市場で勝ち抜くには、マインドを合わせた全社的な取り組みがポイントになる。データをつなぎ、情報を可視化し、適切な対策を講じる活動を組織全体で実施すべきだ」と強調する。
そのうえで「日本の製造業の強みは現場にある。現場が注目する指標を取り入れることが重要だ。現場の意思決定プロセスや、これまでの成功体験には、価値ある示唆が含まれているはずである。それをデジタルの取り組みに織り込むことが、日本の製造業の重要な戦略である」と訴える。