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  • 製造DXの“今とこれから” 「Industrial Transformation Day 2024」より

富士フイルム、X線用フィルム時代から続くメディカル事業をITとAI技術でコト化を図る

「Industrial Transformation Day 2024」より、富士フイルム メディカルシステム事業部兼ICT戦略部の越島 康介 氏

森 英信(アンジー)
2024年6月7日

富士フイルムが取り組むDX(デジタルトランスフォーメーション)において、注力分野の1つが医療分野である。創業以来の強みである画像処理技術を生かし、医療現場のデジタル化を進めている。同社メディカルシステム事業部兼ICT戦略部 マネージャーの越島 康介 氏が、「Industrial Transformation Day 2024(主催:インプレス DIGITAL X、2024年3月14日~15日)」に登壇し、富士フイルムの医療分野におけるデジタル技術の位置付けや新サービスについて解説した。

 「高齢化や人口増による医療費の増大、希少疾患や難治疾患への対策、医療サービスの地域間格差、人材不足による医療従事環境の過酷さなど、医療分野には、さまざまな課題がある。これらの解決に向け、ITやAI(人工知能)といった技術を活用し貢献していく」――。富士フイルム メディカルシステム事業部 兼 ICT戦略部 マネージャーの越島 康介 氏は、こう話す。

写真1:富士フイルム メディカルシステム事業部兼ICT戦略部 マネージャーの越島 康介 氏

創業期のX専用フィルムの商用化がメディカル事業の起点に

 富士フイルムは現在、(1)ヘルスケア、(2)マテリアルズ、(3)イメージング、(4)ビジネスイノベーションの4領域で事業展開し、売上高ではヘルスケア領域が最大だ。その中核をメディカルシステム事業が占める。

 同社のメディカルシステム事業への取り組みは早く、1934年の創業から2年後の1936年にはX線用フィルムを商品化した。その後、内視鏡や体外診断、超音波などにポートフォリオを拡大。1999年には、現在の主要ブランドでもある医療用画像情報システム「SYNAPSE PACS(シナプス)」を発売している。

 2021年には日立製作所の画像診断機器事業を買収し、富士フイルムヘルスケアをグループ会社化した。これにより「CT(Computed Tomography:コンピューター断層撮影)装置やMRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)装置、超音波診断装置などがポートフォリオに加わった」(越島氏)

 同事業の2023年度の売上高は6500億円。「2026年度の目標だった売上高7000億円は1年前倒しの2025年度には達成できそうな見込みであり、2030年度には同1兆円を目指している」(越島氏)。それを可能にしているのが「すべての医療機器において、ITやAI技術との連携を加速していること」(同)である。「2025年度の7000億円のうち5000億円は、AI技術を搭載した医療機器やIT関連による売り上げを目指す」と越島氏は力を込める。

 医療分野の課題解決に向けて、富士フィルムが中核技術に位置付けるのが「PACS(Picture Archiving and Communication System)」だ(図1)。院内にある各種装置で撮影した医療画像を電子的に保存し、院内ネットワーク上で配信・共有する。PACS以前は、撮影画像はフィルムに感光させて閲覧するのが一般的だった。「PACSによるデジタル化で、院内のどこでも医療画像の閲覧・診断が可能になった」と越島氏は強調する。

図1:医療画像をデジタル化しネットワーク上での閲覧・共有を可能にする「PACS」の概要

 病院には、検査や問診などの別に、さまざまな部門システムが稼働している。PACSは、「それら部門システムのIT基盤でもあり、院内データ容量の60%をPACSが占めていることもある」(越島氏)という。

ITとAI技術を活用しPACSのオープン基盤化を図る

 富士フイルムが提供するPACSは、「世界シェア1位であり、国内外の競合他社を前に今もシェアを伸ばしている」(越島氏)という。そうした競争力を生んでいる要因を越島氏は、「(1)画像処理技術、(2)医療AIの開発体制、(3)オープンプラットフォーム戦略の3つに集約できる」と説明する。

 画像処理技術は、創業期より取り組んできた同社の根幹をなす領域である。AI技術の活用では、「その学習用データは量より質が重要になる。画像が鮮明なら症例数が少なくてもAIの精度を高められる」(越島氏)。これに対して「当社PACSではX線で撮影したデータも鮮明に保管できる」(同)という。

 医療AIの開発においては現在、世界に3つの開発センターを構えている。そのうち米ノースカロライナ州に置くセンターがPACSの開発拠点である。東京・南青山にあるメディカル開発センターは、次世代医療ITの開発拠点であり、3D(3次元)機能とAIアルゴリズムを含む医療IT商品を開発している。各地の要望に合わせたローカライズは欧州のローカル開発センターが担っている。

 越島氏は、「開発体制の整備に欠かせないのは多彩なIT人材とAI人材の融合だ」と強調する。人材育成に同社が力を入れたのは、X線透過画像をデジタル化する「コンピューテッド・ラジオグラフィ(CR)」機器の開発に取り組んだことが契機になっている。「ソフトウェアが必要なため1980年代より内部で育成してきた。南青山のメディカル開発センターでは現在、若手のIT・AIエンジニアの育成に注力している」(同)という。

 そのうえでオープンプラットフォーム戦略を掲げた開発を加速している。例えば2018年に立ち上げた医療用AIブランド「REiLI(レイリ)」では、国内外の医療・研究機関や優れたAI技術を持つ企業とパートナーシップを組んだ。

 越島氏は自社のミッションを、「PACSが持つ大量の画像データと、画像処理技術やAI技術を活用したアプリケーションを開発し、医療機器に搭載して届けることだ」と説明する。その過程で開発した技術は「自社製品だけではなく、他社の手術用ロボットなどにも提供を始めている」(同)とする。