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- データ駆動型経営が求める商品マスターの作り方
商品データの整備で実際に起きている問題【第2回】

前回は、CX(Customer Experience:顧客体験)の価値向上に向けたDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進において、AI(人工知能)技術などのテクノロジーを利用するためには、商品データと、その整備がいかに重要かについて説明しました。しかし、商品データの収集や利用そのものが、DXの推進や業務効率化の障壁になっているケースも少なくありません。今回は、企業が商品データに関して、どのような問題に向き合っているのか、筆者らが遭遇している顧客現場の実例を元に説明します。
データには、本連載で取り上げる商品データのほか、店舗データや会員データ、従業員データなどのマスターデータ、それらを利用しながら日々の業務の中で生み出される売り上げデータや在庫データといったトランザクションデータなどがあります。
データ利用といえば、トランザクションデータやログデータなどを分析したり、AI(人工知能)システムで使ったりを指すことが多いでしょう。表1はデータの種類をまとめたものですが、マスターデータが、これらデータの下支えとして非常に重要なことが見て取れます。「どんな種類の商品が売れているのか」「どの商品の在庫が、どのように推移しているのか」などを知るためには、商品に関するマスターデータが大事なのです。
データ区分 | 概要 | 主な特徴 |
---|---|---|
マスターデータ | 基礎情報 | 静的、安定、業務の基盤 |
トランザクションデータ | 日々発生する業務イベント | 時系列、頻繁、数量情報 |
センサーデータ/ログデータ | 機械・システム・行動から生成 | リアルタイム、大量、高頻度 |
コンテンツデータ | 説明・表現・素材系 | 非構造化データ、テキスト・画像・動画 |
分析データ | 加工・集計・派生系 | 目的特化、分析・予測、派生生成 |
しかし、多くの現場では、商品データの収集から生成/加工、活用までに多くの課題が存在し、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や業務の効率化の障壁になっています。さまざま課題の中から今回は、EC(電子商取引)担当者とデータ分析担当者が現場で直面している課題を取り上げてみます。
EC担当者が直面している課題
EC事業において、商品情報の整備は最も重要な業務の1つです。ですが、多くの企業が深刻な課題を抱え、現場のEC担当者たちは日々、課題と格闘しながら業務に当たっているのが現状です。具体的には次のような課題の連鎖が起こっています。
EC担当者の課題1:社内データの分散と不統一
商品情報は、複数の部署が、それぞれの業務に最適になるように管理しており、同じ商品を指すデータであっても、社内に分散して存在する、いわゆる“サイロ化”の状態にあるケースが多いようです。部署ごとに担当する業務、特にオフラインの業務が円滑に進むようにデータを管理しているため、項目や形式が異なるのが一般的です。
中でもECはインターネットの普及と共に生まれた新しいチャネルなため、EC特有の要件(≒消費者が欲しい情報)に対応した基本情報や商品説明文といった情報が、既存の社内データベースに、まとまった形で存在しないケースが見られます。
メーカー自身が手掛けるD2C(Direct to Consumer)事業においても自社の商品データの収集に苦労することがあります。社外のメーカーが製造した商品を売る小売業にあっては、商品情報の入手は、なおさら困難になります。
EC担当者の課題2:非効率な情報収集と生成/加工プロセス
EC担当者は、ECサイトで商品を販売するために、売りたい商品のデータをECサイトに登録、すなわちネット上の“棚”に商品を載せていきます。ECサイトのためのシステムが求める商品データ形式に合わせて、商品情報を入力し埋めていきます。Excelやスプレッドシートを想像していただけば分かりすいかもしれません。
しかし、課題1で触れたように、なかなか社内にはまとまった形でECサイトに必要な情報が存在しません。EC担当者は必要なデータを収集するために、登録したい商品をGoogleで検索し、他のECサイトやメーカーサイトなどを確認しながら商品を特定し、必要な項目を手作業でExcelなどにコピー&ペーストしています。要件を満たすために、既存の項目を組み合わせたり、情報を編集したり、タグや商品説明文を自ら作成したりする必要もあります。現場からは「EC用の商品データをしっかりと入力するためには1商品当たり平均45分かかる」という声も聞こえています。
EC担当者の課題3:データ品質
課題2のように、大量の商品に関する情報を手作業で収集と入力すると、当然ながら人為的ミスや表記揺れなどが生じます。例えば、同じ商品カテゴリーでも担当者によって「スニーカー」「スニーカ」「運動靴」など異なる表記になったり、「mm」「ミリ」「cm」など商品スペックの単位表記が統一されていなかったりするケースが頻発します。このようなデータの不統一は、後々の商品検索や分析に支障をきたす原因になります。
EC担当者の課題4:商品情報収集負荷によるあきらめ
一般的なECサイトの取扱商品数は数千から数万点です。商品情報の収集に1商品45分がかかるとすると、1万商品分の情報を整備するには営業日換算で約4年の期間が必要になります。この非現実的な状況に直面し、企業によっては、必要最低限の情報として商品名と価格、写真1枚程度だけを登録・運用していたり、登録する商品数を絞り一部商品の掲載をあきらめたりする状況に陥っています。
EC担当者の課題5:チャネル数の限定
ECサイトの売上高は、「掲載商品数 × 単価 ×購買回数」に因数分解ができます。それを複数のチャネル/プラットフォームに展開すれば、掲載商品数と購買回数を高められ、売り上げ拡大が可能になります。
理論上はそうなのですが、実際にチャネルを増やそうとすると新たに商品登録業務が発生します。使用するECのシステムやプラットフォームが異なれば要求されるデータ形式も異なります。例えば、商品名や商品説明文の文字数制限が違ってきます。結果、同じ商品を販売するとしても、微妙に異なるExcelファイルをチャネルごとに作成し、同期し続けなければなりません。運用者は多大な労力をかけるか、チャネルを増やすことに二の足を踏むかになります。
EC担当者の課題6:不十分な商品情報がもたらす事業への影響
課題4で挙げたような必要最低限の商品情報だけをECサイトに登録すると、次のような問題が発生する可能性が高いと言えます。
・顧客目線のキーワードが十分な量、入力されておらず、表記揺れやデータの不統一によって、商品がサイト内検索の結果に出てこない
・ページランクが上がらないため、Googleなどの検索エンジンからのアクセスが伸びない
・消費者の商品比較や購入判断のための必要な情報が不足しているため、CVR(購買転換率)が低下する
・結果として商品ページへのアクセス数とCVRが上がらないため、売上機会の損失に直結する
デジタル領域での事業成長を目指すことは、小売業のみならず、D2Cでの売り上げ拡大を考えるメーカーも含めて、多くの企業の経営計画に入っているテーマです。それだけに、EC事業における商品情報の整備は、単なるデータ入力の問題ではなく、事業の成長を左右する重要な経営課題です。効率的かつ正確な商品情報の整備と管理は、EC事業の成功において避けては通れない課題なのです。