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  • CX(顧客体験)を高めるための生成AIの使い方

CX領域で生成AIを活用するための基礎知識【第1回】

岡野 泰士(ジェネシスクラウドサービス ソリューションコンサルティング本部長)
2024年12月2日

 コンタクトセンターは現在、コロナ禍からの脱却に伴う人手不足が問題になる一方で、オペレーターに要求される知識レベルが、ますます高まっています。生成AIによる種々のアシスト機能により業務効率を高め、経験不足やトレーニング時間の不足のギャップを埋められれば、顧客対応レベルの平準化や高度化が図れます。EXが向上しオペレーターの幸福度が上がれば、CXも自然と向上するという良い循環が生まれます。

 そうした期待を背景に、日本国内では2023年後半から、生成AIのPoCが盛んに実施されました。2024年は、その成果が現場の実戦投入される年になりました。なかでも、コール内容のテキスト化や、その要約、そこからのVOC(Voice of Customer:顧客の声)の抽出、チャットボットシナリオの改善やIVR(Interactive Voice Response:音声自動応答システム)の最適化などに注目が集まっています。

 こうしたユースケースは既に、一部が実用化されてきています。オペレーターと顧客の会話あるいはチャットをリアルタイムに分析し、顧客の意図を察してオペレーターに最適な対応をアドバイスするという仕組みの導入が一例です(図2)。オペレーターが顧客の意図を誤解したり汲み取れなかったりすることを避け、オペレーターの経験値による対応のばらつきを最小限に抑えるのが狙いです。

図2:顧客との会話やチャットを分析し、顧客の意図に合わせて最適な対応をアドバイスする仕組みの例(関連動画

 また、例えば配達日に関する会話が進んでいる最中に、配達日の変更手続きに関連する情報をオペレーターに提示するケースもあります。先手を打った対応によりオペレーターの負担を減らし、顧客満足度を高めます。こうした事例も今後、国内でも注目されていくことでしょう。

生成AIの限界と「セキュリティ」「ハルシネーション」問題

 日々、性能・機能が高まる生成AIですが、急速な進化には代償が付きまといます。生成AIの課題として最初に挙げられるのが、(1)社内データや顧客情報などの流出によるセキュリティリスクと、(2)明らかに間違った答えを生成してしまう「ハルシネーション(幻覚)」です。いずれも原因は、生成AIが学習するデータや学習の方法にあります。

 セキュリティリスクとは、そのため生成AIの利用者が機密情報や顧客情報を、うっかり入力してしまった場合、それが外部に漏れてしまうことへの懸念です。なぜなら、生成AIは大量のデータを使って学習しますが、学習後の運用においても、新たなデータにより、さらに学習し能力を高めていく構造だからです。

 ハルシネーションは、学習データの“偏り”が原因だと考えられています。テキスト系生成AIは、インターネット上のテキストデータ(45テラバイトとも言われます)を収集し、それを使った訓練により言葉と言葉のつながりを学習します。例えば、「『我輩は』の後には『猫』が続く可能性が高い」といったルールを大量に蓄積します。可能性の高い単語をつなげることで“人間が書きそう”な文章を生成します。

 しかし、この手法はネット上に大量にデータがあるトピックについては上手く機能します。ですが、ネット上にデータがほとんどないトピックや、同じ単語で全く違う意味を持つ単語などの場合には上手く機能しません。

 ChatGPTが話題になった時、多くの人が自分の名前を入力し「この人は、どのような人ですか」という質問をしました。有名ではない人の場合、ネット上にデータがないため正確な答えを出せるはずがありません。結果、「有名な戦国武将です」などと字面の似たデータから回答を生成し、失笑を買いました。これがハルシネーションです。

 ハルシネーションの抑制に対しては、LLM(大規模言語モデル)によるテキスト生成に、RAG(Retrieval-Augmented Generation)による外部情報検索を組み合わせることの効果が期待されています。業務によっては従来型AIを使うなど、生成AIとAIの使い分けにより互いの補完が可能になります。さまざまなAI技術の特徴とメリット/デメリットを理解し、適材適所で使い分けることが重要なのです。

AIの活用にはクラウドの活用が不可欠に

 AIの世界では、その進化は“秒針分歩”と呼ばれるように、1秒たりとも止ることがありません。全く同じ質問をしても、答えはどんどん変化していきます。そのような技術に追従し活用していくためには、システムをオンプレミスに構築し定期的にアップデートするといった時間はありません。クラウドサービスとの統合が不可欠であり、コンタクトセンターの仕組みもクラウド上にあることが理想になります。

 オンプレミスとクラウドの連携には、セキュリティやAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)、回線など、多くの問題が付きまとうのは事実です。ですが、クラウド同士の連携であれば、ハードルは大きく引き下げられます。AIの精度や連携といった基本的な作業はクラウドに任せ、最新機能をどう使いこなしCXを高めていくかに注力することが重要になっていくでしょう。

 本連載では、コンタクトセンターにおけるCXおよびEXを向上させために、AIをどのように活用すれば良いのか、その際の課題をどのように解決すべきなのかを探っていきます。次回はコンタクトセンターにおけるCX向上のための生成AI活用について、より具体的に説明します。

岡野 泰士(おかの・やすし)

ジェネシスクラウドサービス ソリューションコンサルティング本部長。大学卒業後、IT会社のSEとして、地方銀行やメガバンク、証券業界向けのコンタクトセンター基盤やCRM導入プロジェクト、AWSやMicrosoft Dynamicsなどを活用したサービス構築に携わる。2014年インタラクティブ・インテリジェンスに入社し、PureConnectやPureCloudのセールスエンジニアとして活躍。ININの買収に伴い2017年ジェネシス入社。現在はソリューションコンサルティング部門の日本の責任者を務める。