- Column
- 人とAIの協働が導く製造DXの勝ち筋 「Industrial Transformation Day 2025」より
AI時代の技能継承は熟練者の勘と経験の言語化・数値化から
「Industrial Transformation Day 2025」より、アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパルの西岡 千尋 氏
熟練者の経験をデジタル化しAI技術で利用できるようにする
こうした課題の解決策として西岡氏は、AI(人工知能)技術を活用したアプローチを挙げる。先に例に挙げた計画業務にAI技術を適用する際には、以下の4つのステップがあるとする(図3)。
ステップ1 :業務の要件を定義し、インプットやアウトプット、業務の制約を整理する。熟練者の知見をヒアリングし、暗黙知を体系化する。ただし、熟練者の協力を得るための時間確保が課題になる
ステップ2 :データモデルを定義し、最適化すべきKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を決定する。計画が制約条件を満たし最適化されているかどうかを検証するための手法も設定する
ステップ3 :業務とデータを組み合わせたモデリングにより、熟練者の経験をデジタル化する。各種ノウハウを形式知として整理し、AI技術で利用できるようにする
ステップ4 :最適化モデルを構築し実行する
適切化モデルの構築では「何を最大化あるいは最小化するのかを明確にすることが重要だ」と西岡氏は強調する。例えば「車両のメンテナンス業務ならメンテナンス日数を最小化し1日の作業量を平準化することが、物流業務なら輸送時のCO2(二酸化炭素)排出量や輸送距離を削減し在庫回転率を高めることが目的になる」(同)
最適化の本質を西岡氏は「これまで言語化されていなかった原理原則を明確にし数値化することにある」と説明する。「原理原則を数式やモデルとして構築できれば、暗黙知が形式知になり計算可能な状態になる」(同)
形式知化のプロジェクトを進めるうえでは「最初から全てをモデルに組み込もうとせず、段階的に進めることが重要だ」と西岡氏はアドバイスする。「最適化は複雑なパズルを解く作業に似ている。初期段階では稀にしか発生しない事項は除外し類似する要素を1つに統合するなど、モデルの複雑化を防ぐ工夫が必要だ」(同)という。
既存業務や過去の習慣にとらわれず新しい業務プロセスを確立せよ
五感を必要とする官能検査の場合は、どうなのだろうか。西岡氏は「言語化と数値化を組み合わせる必要がある」と説明する。
まず言語化では、熟練者の判断や知識を明確にする(図4)。インタビューや現場観察により「例えば異音なら、どんな音か、どう気付いたか、類似ケースはあるかなどの情報を整理し、問題を絞り込む際に、どのような視点で判断しているかを形式知に変える」(西岡氏)
次に数値化では、熟練者の感覚をデータとして記録・分析できるようにする。「近年はセンサーや計測機器などの精度が向上し、熟練者の感覚的な判断をデータで裏付けられるようになった。判断の客観性が増し異音の正体や発生原因を特定しやすくなっている」(西岡氏)という。
五感による検査の中でも目視検査は近年、画像認識技術により特に進化している。例えば「建築現場では、ヘルメットや安全帯の装着状況をカメラで捉え、AI技術で解析すれば数値化ができる。設備点検なら、ねじの緩みや摩耗を画像から数値化すればロボットやドローンによる検査が可能になる」(西岡氏)
AI技術の活用について西岡氏は「属人化を防ぎ、検査の回数を増やしたり短時間で判断したりが可能になる。製品の外観や色調、表面異常など、人間の感覚に頼っていた検査を改善でき、均質な検査による製品品質の向上に貢献できる」と説明する。
熟練者の退職は続く中、技能継承問題は構造的な課題である。その課題解決に向けて西岡氏は「既存業務や過去の習慣にとらわれず、AI技術を活用し、新しい業務プロセスの確立に積極的に取り組むことが重要だ」と改めて強調する。