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  • 人とAIの協働が導く製造DXの勝ち筋 「Industrial Transformation Day 2025」より

AI時代の技能継承は熟練者の勘と経験の言語化・数値化から

「Industrial Transformation Day 2025」より、アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパルの西岡 千尋 氏

森 英信(アンジー)
2025年4月21日

日本の製造業にとって、熟練者の退職による技能継承は深刻な課題の1つである。アビームコンサルティングのデジタルテクノロジービジネスユニット Artificial Intelligence Leapセクター長である西岡 千尋 氏が「Industrial Transformation Day 2025(主催:インプレス DIGITAL X、2025年3月11日〜12日)」に登壇し、AI(人工知能)時代を迎えた今、熟練者の“勘と経験”を次世代にどう引き継いでいくかについて解説した。

 「日本の製造業は高度な技術と匠の精神で世界をリードしてきた。だが現在、それを支えてきた熟練者の高齢化が進み、後を継ぐ若手の確保が困難になっている。こうした技術継承問題に対し企業は、AI(人工知能)技術を活用していくべきだ」−−。アビームコンサルティング デジタルテクノロジービジネスユニット Artificial Intelligence Leap セクター長の西岡 千尋 氏は、こう提案する(写真1)。

写真1:アビームコンサルティング デジタルテクノロジービジネスユニット Artificial Intelligence Leap セクター長の西岡 千尋 氏

熟練者の五感や感性に頼る検査・評価は言語化・体系化が難しい

 経済産業省の『2019年版 ものづくり白書』によれば、製造業の86.5%が「技能継承に問題がある」とし、その割合は全産業中で最も高い。製造業への就業者数も2002年の1200万人が2022年には1044万人へと約13%減少した。全産業に占める製造業就業者の割合も同時期に19%から15.5%に低下した。

 技能継承が困難になっている理由として西岡氏は次の3つを挙げる。(1)少子高齢化による後継者の不足、(2)属人化されたノウハウへの依存、(3)労働環境の変化による技能継承機会の減少である。

 (1)少子高齢化による後継者不足は、生産年齢人口の統計からも明らかで、2020年の約8000万人が2050年半ばには7000万人を下回る見込みである。(2)ノウハウへの依存では「製造業は他産業と比較しても、言語化しづらい経験や勘に基づく暗黙知が多いのが特徴だ」(西岡氏)

 (3)技能継承機会の減少では「製品の高度化・多機能化や少量多品種生産など、市場環境の変化からベテランの業務負荷が大きくなり、若手の育成時間を十分に確保できなくなっている」と西岡氏は説明する。

 これらを表す具体的な事例として西岡氏は、製造・流通・インフラなどの業界における計画業務を挙げる。例えば製造業の生産計画では「工場側は同じものをまとめて効率よく生産したいのに対し、営業・物流側は需要に合わせてタイムリーな製品供給を求める。こうしたトレードオフの“さじ加減”を熟練者の経験と勘で解決している」(西岡氏)のが実状だ(図1)。

図1:製造現場では、例えば計画業務などで相反するニーズを熟練者の経験と勘で解決してきた

 熟練者が持つ技能の中でも「嗅覚・味覚・触覚・聴覚・視覚の五感や感性に頼る検査や評価は継承が特に難しい分野である」(西岡氏)。そのため食品や化粧品、自動車などの製造現場では「人間の五感を駆使する官能検査が品質チェックに欠かせない」(同)

 だが官能検査は人間の五感に依存するため「主観的で再現性を保つのが難しいという特性がある」(西岡氏)。加えて気温や温度、本人の体調など外部要因の影響を受けやすく「安定した評価を維持するためには検査環境の管理も必要になる」と西岡氏は説明する(図2)。

図2:人間の五感や感性に頼ってきた検査や評価では、暗黙知の言語化や体系化が難しい

 例えば自動車製造における異音検査では「熟練技術者は音の特性や発生源を経験から即座に判断できるが、そこには経験の浅い技術者には気づけない微細な音の変化がある」(西岡氏)。同様に食品業界における香りや口当たりの評価では「個人の感覚差や表現方法の違いがあり一貫した評価は困難」(同)だ。