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そもそも「デジタルとITは別物」なのか、インターネットとデータの意味【第2回】

DXの根本的な部分に納得していないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年7月25日

 もう1つはIoT (Internet of Things:モノのインターネット) です。そもそも「モノのインターネット」とは奇妙な名称ではないでしょうか?

 戦略論の権威であるマイケル・ポーター(Michael Porter)氏はIoTを「Smart Connected Products」と言い換えて呼んでいます。製品がインターネットに接続できるようになったという意味では、こちらの方が感覚的には近いのかもしれません。しかしデジタルの観点からすれば、インターネットを中心に考えるため、その“つながる力”が実社会に進出したという意味でIoTという言葉のほうが自然なのです。

 さまざまな物事がつながると、そこにはデータが流通します。当初は、特定用途だったり、ユーザー同士の交流目的だったりしたデータは、たくさん集まると種々に解析できることが分かってきました。2006〜2007年頃には「ビッグデータ」という言葉が流行り始めていますが、当時は一部の人々にしか影響を与えませんでした。

 しかし、そのわずか5年後にビッグデータをうまく扱える「ディープラーニング(Deep Learning:深層学習)という技術が登場し、現在のAI(人工知能)ブームが訪れたのです。その関係は「AIはビッグデータの子供だ」という言葉が、うまく表しています。ビッグデータはインターネットの子供と言えますから、AIはインターネットの孫に相当することになります。

重要な技術を導入しただけではAmazonにはなれない

 この「つながる」と「データ」という2つの特徴を先の経産省の定義に当てはめれば「『つながる』『データを使う』というデジタルの技術を活用して」となります。意味がクリアになった半面、いくつかの重要な技術が外れてしまったと感じる方がいるかもしれません。RPA(Robotic Process Automation)」や量子コンピューターは含まれなくていいのかなどです。

 これらの技術が重要なのは間違いありません。ですが、ITに関わる全ての技術を定義に含めてしまうと、デジタルは単に「役立つ最新IT」という意味になってしまいます。デジタルを単なる要素技術ではなく、社会的な変化のドライバーだと捉えると、ギリギリまで削ぎ落した定義のほうが、考える軸としては、うまく機能するのではと考えます。

 まだ納得感が足りないかもしれませんので、少し補足しましょう。例えば、大型書店がRPAや、その他のITシステムを導入すれば米Amazon.comになれるでしょうか。大手ホテルチェーンは米Airbnbに変身できるでしょうか。百科事典を電子化すればWikipediaになるでしょうか。

 ここ30年間で、ゲームのルールが変わる、つまり成功像も、その道筋も変わるような変化がもたらされてきた最大の要因は、IT全般というよりもインターネットだと考えたほうが焦点が明確になります。例を挙げるなら、同じ米国の巨大IT企業であるGoogleとIBMの最も大きな違いは、ビジネスの本質にインターネットがあるかどうかでしょう。

 ですのでIT全般をデジタルに含めてしまっては、DXの注力ポイントがぼやけてしまうのです。重要なのは、インターネットをビジネス環境変化の中心に据え、その特質を捉え、取るべき施策を、どうデザインし、どう取捨選択するか。そのためには、先進的ITの全てを礼賛するのではなく、あくまでビジネスの将来像を考える必要があります。

DXとは「情報革命の力を活かした企業変革」である

 もう少し大きな話もしてみましょう。政府が唱える未来社会の概念に「Society 5.0」があります。内閣府の説明では「狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会 (同2.0)、工業社会(同3.0)、情報社会(同4.0)に続く社会で、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と記述されています。

 確かに興味深い概念ですが、筆者の感覚では、現在社会はまだ「Society 3.5」つまり工業社会から情報社会への過渡期にあり、完全な情報社会は、まだ訪れていません。この点については、別稿で述べたいと思います。

 こうした情報社会の話をしていると、冒頭のストルターマン氏の「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」というDXの定義は、DXより少し大きな概念である情報革命を指しているような気もしてきます。ただ、企業がDXとして今日から何に取り組むべきかという話が見えなくなってしまいそうなため、ここでは次の解釈にしてみたいと思います。

●現在は工業社会から情報社会への過渡期であり情報革命の途上にある
●情報革命の中で本命と目されるのがインターネットとその影響の派生であり、その力を「デジタル」と呼ぶ。デジタルを活かし企業を変革することを「デジタルトランスフォーメーション」と称する
●デジタルの特徴は、技術面を単純化すると「つながる」と「データを使う」の2点

 筆者が考えるデジタルが、会計システムや省力化のようなITとは異なることが伝わったでしょうか。重要なことは、いま只中にある社会の大きな変化、世間であおられているほど速くはないかもしれないが、恐らくは全面的で不可逆な変化に適応し、次代のビジネスで発展する姿を見いだすことです。そのために設定すべき思考の軸がデジタルなのです。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。