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  • 今こそ問い直したいDXの本質

そもそも「digitization → digitalization → DX」という流れは本当なのか【第5回】

DXの根本的な部分に納得していないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年9月12日

DXの一般的な定義では“継続的活動”の時間軸が抜けている

 そこから、さらに考え、いろいろ悩んだ結果気付いたのは「DXの定義のブレに“落とし穴”がある」ということです。

 筆者はDXを「情報革命という社会の大きな環境変化を生き延び発展するための活動」と位置付けています。数十年後に情報革命が落ち着いてきたときに、自社が立派に存在しているための不断の試みです。「Digital Transformation is a Journey, Not a Destination(DXは旅であって目的地ではない)」と言われているように、DXが“継続的な活動”であるという点は一般的な理解だと思います。「DXジャーニー(旅)」などと呼ばれるのも、そのためです。

 ところが、digitizationやdigitalizationと並列に「DXとはビジネスを変革すること」と定義してしまうと、その継続的な変革のニュアンスが失われ「目の前のビジネスを何とかする」ことにフォーカスしてしまうことに気付きました。つまり、目の前のビジネスを変革する“単回の活動”と、情報革命を乗り切り飛躍するための“継続的な活動”に同じ名前が付いているのが問題なのです。

 例えば、前者を小文字の「dx」、後者を大文字の「DX」としても良いでしょう。あるいは前者を「デジタルビジネスデザイン」、後者は「デジタルトランスフォーメーション」と呼んでも良いかもしれません。筆者の違和感がご理解いただけたでしょうか。

 そもそも「ビジネスデザイン」は、それ自体が単独で実施できるものです。その際にデジタル要素を加味して競争力を向上させるのが「デジタルビジネスデザイン」でしょう。それが効率化・自動化の延長線上にあれば「digitalization → デジタルビジネスデザイン」の矢印はつながるはずです。

 しかし何度も挙げる例でいえば、街の書店が既存のオペレーションを究極まで自動化したとしてもAmazonになることはありません。ですから「digitalization → デジタルビジネスデザイン」という矢印は論理的につながっていないのです。

 digitalizationとデジタルビジネスデザインの間には、順序的にも因果的にもつながりがないとすれば、digitalizationと継続的活動であるDX(大きなDX)は、どういう関係にあるのでしょうか。それを導き出すには、大きなDXを成功させるための条件を考える必要があります。

自らが変革する能力に加えITへの慣れと自信が不可欠

 DXは情報革命を乗り切り飛躍するための活動です。しかし、情報革命とは単一の技術や社会の動きではありません。産業革命が「水力 → 蒸気機関 → 電力」と変遷してきたように、真空管から始まった情報革命もどんどん変遷します。今はインターネットの派生物であるAI(人工知能)技術が最も大きな影響力を発揮していますが、何年か後には全く別の要素が立ち上がるかもしれません。

 そのなかで生き残るために必要なことは何か。発展するためには何が足りないのか。少なくとも1つ言えるのは「自らを変革する能力」でしょう。さらに言えば「自らを貪欲に変化させる意図と自信」でしょう。

 第1回で、石井 光太郎 氏の発言を引きながら「ITはかつて道具だったが今は環境である」と述べました。環境変化というのは、自信があればチャンスに見えます。自信がなければ目を逸らすか過小評価するか、取り組まないことを選択しがちです。ですから、情報革命のさなかに重要な最初の1つは「ITに自信を持つ」ことなのです。

 先ほどdigitalizationは効率化・自動化であると説明しました。これ自体は、ITを道具と見做す“ビフォアデジタル時代”の発想です。しかし、digitalizationを通じてITに慣れ、興味を持ち、特徴を把握することは、DXにとって非常に重要なことです。digitalizationの成功は、それ自体はDXではありませんが、自らの能力を信じ、新しいITへの拒否感を減じ、社会のデジタルな変化を脅威でなく機会と見做すようになるための重要な位置を占めるのです。

 こう考えれば「digitization → digitalization → DX」と線形に発展する構図は間違いだということになります。その理由をまとめると以下になります。

●digitizationやdigitalizationとDXを同じ粒度にしてしまうと、社会の環境変化に応じて変革をし続けるというDXのニュアンスが失われ、誤解を生じる
●単回のビジネス変革は、それはそれで重要。混乱を避けるためDXとは別の名称が必要かもしれない。例えば、小文字の「dx」「デジタルビジネスデザイン」など
●digitalizationと単回のビジネス変革には順序的にも因果的にも矢印を引けない。これは並列の関係であり、デジタルへの慣れや自信の獲得を経てDXとして合流する関係だと思われる

 この「慣れ・自信」が鍵になるでしょう。その本質は何なのか、どうなれば慣れた・自信が付いたと言えるのか。次回から考えてみたいと思います。何はともあれ、digitalizationとDXの関係を整理し「今、何の話をしているか」において“単回と継続”“目的と手段”などの誤解を避けられることは有用なはずです。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。