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  • 今こそ問い直したいDXの本質

ITの理解が進めばデジタルによる夜変革は進むのか?【第10回】

DXの考え方に慣れないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年11月28日

ビジネス現場の人材や経営陣の参画があっても万事は解決しない

 さて、DXを推進するためには一般に、ITに関する深い理解に加えて、(1)ビジネスに関する豊富な知識が不可欠、(2)経営陣のイニシアティブが重要といった指摘があります。

 筆者の「DXの専門家」のイメージは、本社によく置かれる専門組織です。これに対し、ビジネス現場の人材をDX担当者としてアサインする企業もあります。ビジネスの詳細を知っている方が「机上の空論で遊んでいる本社のチームよりよかろう」というロジックで、一見すると確かに説得力があるように思えます。

 しかし実際には、DXの本質が分かっていくにつれ、理想と現実のギャップを感じるようになり、本社組織と同様の構図に陥る傾向があります。なぜなら、現場が“現地・現物”、つまり目の前の効率や働きやすさを重視するのに対し、デジタルでは抽象化と横展開、あるべき姿からのバックキャストを重視するからです。現場が戦術を考案するのに対し、デジタルは戦略的な思考を要求すると言ってもいいでしょう。

 確かに現場の知識があれば、DX戦略策定にも戦略から具体策への落とし込みに大きな力を発揮できます。ですが問題なのは、現場にはしばしば戦略がないか、戦略策定の権限がないことです。それらがなければ、本社よりは気の利く御用聞きが現場近くにできるだけで、変革はむしろ遠ざかるでしょう。

 もう1つの論点が、経営陣のイニシアチブです。「経営陣は〇〇をしなければならない」「経営陣は常識として当然〇〇を知っているべきだ」というのは簡単ですが、その種の言説は、しばしば空虚に響きます。経営陣には上司がいる訳でもなければ、指名委員会が、そうした基準で選ぶとも限らないからです。

 経営陣は自らを定義しなければなりません。だからこそ経営陣として参画するCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)には大きな役割が期待されるのです。ですが考えていただきたいのは「変革とは、そもそも経営戦略の本質だ」ということです。来年も今年と同じ活動をするなら戦略は要りません。これまでと異なるゴールの設定やリソースを配分するために戦略が策定されるのです。

 従って、経営陣が変革を考えていないとすれば、その企業には経営戦略がなく、同じオペレーションしかしていないということです。ただ一般的には経営戦略がないとは考えにくいので、経営戦略はあるものの、その意図が経営陣以外のメンバーに伝わっていないと考えられます。

 仮に経営陣から「いつデジタルの話が出て来るのか分からなくて、何の話なのか分からなかった」と言われたとすれば、それは会社として変革が念頭にないか、DX専門家が経営陣の志向する変革の中身をよく理解できていないということです。あるいは、変革なり戦略なりの議論をするに足りない相手だと認識されている可能性もあります。

DXの暗中模索は想定内、本当のゴール設定が進捗の8割占める

 このように考えてくると、この議論の出発点だった「それのどこがDXなの?」「いつデジタルの話が始まるのかが分からず、何の話か理解できなかった」といった反応が何に由来するかが見えてきます。いずれにしても根の深い問題であり、何かシンプルなアクションで解決できるものではありません。

 ビジネス側はコンサルタントやITベンダーに惑わされない高いITリテラシーと、外部環境に対する鋭敏な感性、そして、あるべき姿を描く問題意識を持つ。DX専門家はITの広く深い知識・経験と、戦略からビジネス現場までの理解を持つ。そのうえで、互いを議論のパートナーと見做す信頼関係を築き、そこに経営陣の変革への意思と方向性が加わる。これら全てが満たされて初めてDXは本格的に動き始めます。

 それまでは、体制整備や小規模プロジェクトの実施も含め準備期間だと捉えた方が良いのかもしれません。DXは「本当のゴールが設定できたら8割は終わった」とも言われます。その言葉の重みが改めて確認できたのではないでしょうか。

 しかし仮に、DXが変革の一種であると認知されていなくても、希望を失うにはまだ早いと思います。DXが非常に難しい活動だということは、これまでのデータが十分に物語っていますが、上手く進んでいるケースでも最初から手応えがあったとは限りません。目の前にある頼りない現状であっても、実は将来の大きな成功の礎になっているかもしれないのです。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。