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なぜ変革に向けた課題が上手く設定できないのか【第11回】

DXの考え方に慣れないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年12月12日

 このように少し検討の守備範囲を広げてみると、日々見えている範囲より遥かに大きな問題が見つかります。組織をまたぐような問題については、それを提起する人がいないからです。そうしたことが起こるのは現場課題の設定方法に問題があります。例えば「現場」という単語が、縦割りの各組織を指していると感じられるなら、その時点で問題があるとも言えるでしょう。

 現場課題というのは、顧客の一人ひとりが抱えている課題や、社内業務にまつわる課題から始まることは確かです。ですが、それは起点に過ぎないのであって、実際の提案としては、今一度、本質にまで切り込む必要があります。

 その結果として粒度が大きくなることを避けてはいけません。むしろ、粒度が大きくなった結果として、経営課題との整合性が見やすくなり、DXニーズと定めるに足るものになることが、しばしばあるのです。

個々人の力の発揮には組織とプロセスのデザインが不可欠

 そうはいっても「正論だけど難しい」と感じる方も多いでしょう。それは組織設計とプロセス設計の問題が大きく、個々の従業員の力には限界があるためです。

 例えば、米経営学者のジェイ・R・ガルブレイスは、組織論に関する「スターモデル」で5つの要素を上げています。(1)リソース配分と計画である「戦略」、(2)縦方向の情報フローと権力構造の規定である「組織」、(3)横方向の業務と情報連携である「プロセス」、(4)これらを実現する「人材」、(5)人材に与えられる「報酬」です(図1)。

図1:ジェイ・R・ガルブレイスの「スターモデル」

 これら5つの要素は緊密に絡み合い、他に影響を与えない形では、どれかだけを単独で変更することはできません。しかし実際には、5要素のうち「プロセス」が軽視されている傾向にある、あるいはプロセスを組織と同一視し、プロセスと報酬を結び付けていないことが、縦割りの組織が協力し合えない理由だと筆者は考えています。

 また、リーダーシップ論者のジョン・コッターは、縦方向の組織は現状を維持する力しか働かないとし、組織を超えた活動が重要だと訴えています。効率を追求する通常業務は全てピラミッド型の組織が担い、変革はピラミッド型の組織に在籍しつつ自発的に連携し合うネットワーク活動に任せるというアイデアで「デュアルシステム」と呼んでいます(図2)。

図2:ジョン・コッターの「デュアルシステム」

 縦の組織のサイロ化に抗う横方向のプロセスを、トップダウンに定めるのか有機的な自発性に委ねるのかはさておき、この力をうまく働かせ、現場起点でありながらレバレッジの効く問題に設定できるよう仕組みを整える必要があります。

 問題の整理自体はコンサルティングファームに協力してもらえるかもしれません。ですが、その後の変革と定着に関しては、社内で腰を据えて取り組まなければなりません。このときに、縦の公式な組織で切れていると活動が止まってしまうため、さまざまな組織の人々が序盤から加わって活動を牽引する必要があるのです。

正しいDXニーズこそが上下からのリーダーシップを強力に働かせせる

 ここまでの整理を経てようやく、経営課題と現場課題の交点がはっきりします。経営課題の設定自体に加わり、その理解度から課題の抽象度を下げられるストラテジストと、現場課題と経営課題の両方を理解し現場課題解決の先頭に立つミドルマネジャーが出会うことで、最も効果的な急所を設定できるのです。

 ストラテジストは、戦略の背景と意味を理解し、解決手段が自社に与えるインパクトを判断できねばなりません。ROI(Return of Investment:投資対効果)が1を超える案件に良い評価を下すのは当たり前です。そうではない不確実な状態で戦略的な評価を下せる必要があります。

 ミドルマネジャーは、事業戦略と現場課題を理解し、自身が牽引する変革に意義と自負を感じていなくてはなりません。自らが自社を再デザインするとすれば、どのような姿にするのか、その大局観と目前の提案が整合している必要があります。こういった具体と抽象の狭間から、質の高いDXニーズが生まれるのです。

 そうしたDXニーズを設定できれば、うまくいくイメージが湧くのではないでしょうか。経営陣は、自らが重要と見做す経営課題を解決できると思えるため、リソース投下にもあらゆる障害の排除に積極的になれます。ミドルマネジャーには、自分のプロジェクトを牽引し完遂するという強いモチベーションが生まれます。こうした環境が整えば、もともと変革に前向きな社員はもちろん、その他のメンバーも心が動くことでしょう。

 経営課題と現場課題の交点を見つけるということは、もちろん優先順位の設定の問題でもありますが、変革に関わる人の心に関わることでもあります。すなわち、妥協の産物でも単なる折衷案でもない、真に魅力的なゴールを設定する活動そのものなのです。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。