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- 今こそ問い直したいDXの本質
製造業のDXはなぜ進まないのか【第12回】
製造業のビジネスとデジタルが結び付かないあなたへ

DX(デジタルトランスフォーメーション)には業種の別を問わず各社が取り組んでいます。しかし、小売り業界やメディア/エンタテインメント業界では、米Amazon.comや米Netflixなどに見られるように、主要プレーヤーの顔ぶれが変わってきているのに対し、製造業におけるDXは一部の効率化にとどまり、十分に進展しているようには見えません。なぜ製造業のDXは、ここまで進まないのでしょう。
「Digital Vortex(デジタルの“渦”)」をご存じでしょうか。各産業がデジタルの破壊力の影響をどれだけ被りそうかを予測したもので、スイスのビジネススクールIMD(International Institute for Management Development:国際経営開発研究所)と米シスコシステムズが設立した「Global Center for Digital Business Transformation(DBTセンター)」の研究成果として2015年から隔年で発表されています。
Digital Vortexにおいて製造業は2015年には中位にありましたが、次第に順位を落とし、2023年には下から2番目にまで後退しています。
2015年といえば、ドイツで「Industrie 4.0」が発表され、米国では「Industrial Internet Consortium(産業インターネットコンソーシアム)」が設立された頃です。日本では「Connected Industry」や「Society 5.0」が提唱されました。ディープラーニング(Deep Learning:深層学習)が登場し、さまざまな産業がデジタルによって大きく変わり、その影響は製造業にも及ぶという空気が感じられたものです。それから10年。社会は、どれほど変わったでしょうか。
確かに大きく変わった部分はあります。消費者のチャネルはスマートフォンを中心としたデジタルに移行し、既存のマスメディアは著しく凋落しました。2020年からのコロナ禍を経てライフスタイルは大きく変化し、「大転職時代」と呼ばれるまでに従業員と会社の関係も変化してきました。
さらにAI(人工知能)分野は、LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)の登場でさらに話題性を増し、本格的に人口に膾炙(かいしゃ)するようになりました。その過程で、さまざまな産業において日本の存在感が低下したのも事実です。
しかし製造業に勤めてきた筆者の実経験から言えば「製造業はあまり変わっていない」のです。特に、企業を相手にしているBtoB(Business to Business:企業間)の製造業は驚くほど変わっていません。「作業員が激減する」「工場が丸ごとコンピューター内に再現される」など2015年当時の予言の大半は成就していません。個別プロセスの効率化や一部データのデジタル化が進んだ程度ではないでしょうか。
提供価値が“無形”のビジネスはデジタルとの相性が良い
改めて最新版の『Digital Vortex 2023』を見てみると、上位に含まれる業界は、提供する価値が“無形”のものに由来しています(表1)。
例えば2位のEducation(教育)、3位のFinancial Services(金融サービス)などは、従来はアナログな丁寧な応対が重要視されていました。それが真実かどうかはさておき、本質的には無形の情報のやり取りが価値を生む活動という側面は共通です。
その意味では1位のTechnology Products & Services(テクノロジー製品とサービス)はもちろん、4位のTelecommunication(通信)、5位のProfessional Services(専門サービス)などは分かりやすいでしょう。6位のRetail(小売り)も、扱っているのは“有形”の商品ですが、顧客が選んで決定するという行為自体は“無形”です。
つまり、10年前の予想よりも、物理世界への干渉ではデジタルは後れを取っているのです。一方で、感情面を含め無形のビジネスでは上手くいっているということです。
昔からの概念でいえば案外と、人間の感情や感性をコンピューターが理解する「Affective Computing」よりも、実世界のデータをサイバー空間で分析した結果を実世界に戻す「CPS(Cyber-Physical Systems)」のほうが難しいということかもしれません。
