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- 今こそ問い直したいDXの本質
なぜ変革に向けた課題が上手く設定できないのか【第11回】
DXの考え方に慣れないあなたへ

本連載ではこれまでに「DXニーズは経営課題と現場課題の交点である」「経営課題だが現場課題でないものは絵空事、現場課題だが経営課題でないものは些事」と指摘しました。今回は、ここをもう少し掘り下げ、経営課題の設定について考えていきます。
一口に経営課題と言っても、会社や組織の別やタイミングによってさまざまです。以下では、競合と熾烈なシェア争いをしている製造業を想定し、経営課題を「5年後に競合を蹴落とし優位に立っていたい」と設定してみます。
経営課題は粒度が大きすぎ、そのままでは変革ニーズにならない
このとき、次のような課題は経営課題ではなくなります。「競合を避けて新しいニッチを発見する」「競合と協力しながら市場を拡大する」「競合とは競り合いつつも第3者の参入を防ぐ」などですが、これらに対する提案は自動的に却下されることになります。
一方で現場は、さまざまな課題を抱えています。「営業と技術の折り合いが悪い」「製造時に品質トラブルが多発する」「庶務作業の負担が大きく生産性が高まらない」といった具合です。
この時点では、経営課題と現場の課題は、あまりに粒度が違いすぎて結びつきません。理屈をこねれば何でも結びついてはしまいますが、上記のような情報だけではDX(デジタルトランスフォーメーション)のニーズは定義できません。
こうした状況を解決するには複数の方法が考えられますが、今回はコンセプトの精緻化を実施してみましょう。
まず「5年後に競合を蹴落とし優位に立っていたい」というのは、具体的には、どういうことでしょうか。何をもって蹴落としたというのでしょうか。優位とは何か。その優位は5年後の瞬時値でいいのか、あるいは5年後から10年間続かないといけないのでしょうか。
例えば「ちょうど5年後の瞬間にシェアが競合の2倍」だとすれば、研究開発や製造のプロセス改善よりマーケティングとセールスへの期待が大きくなるでしょう。先に挙げた課題で言えば、品質トラブルで顧客からの評価を下げていては営業が売るにも売れないため優先度は高くなります。一方で庶務作業を軽減してもシェア向上に結び付く可能性は低いため優先度は下がります。
しかし、先の経営課題が実は「5年後以降は持続的に、業界でのプレゼンスで競合を圧倒する」という意味だったらどうでしょう。持続的なプレゼンスであれば、顧客の要望を反映した技術開発が不可欠になり、営業と技術の関係改善は欠かせません。従業員の幸福度が顧客への価値創出に有効なことを考えれば、実は庶務作業の軽減も避けては通れない課題かもしれません。
このように経営課題の真意を掘り下げていくと、実は意識されていなかった現場の課題が見つかることもあります。例えば、顧客にダイレクトにメッセージを届ける広報活動とか、海外でプレゼンスの大きい同業者との提携などです。
そもそも経営課題の設定が正しくないことがある
一方で、経営課題が空回りすることもあります。例えば利益率をKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)として労働生産性の向上を経営目標に設定したとします。しかし実は、その会社の労働生産性は国内外の同業他社と比較してトップクラスであり、改善の余地が小さいといった場合です。
「もっと改善しろ」「長年取り組んでおり、もう限界です」というやり取りは、どの企業でも見られると思います。ですが実際のところ、それが現実的な問題設定なのかの判断は、内部の視点だけでは、なかなか難しいものです。
もう1つ困難な点は、結局のところ「その問題を解決すると本当に経営課題が達成できるのかということでしょう。一見すると経営課題と現場課題が美しく一致しているものの、実はそこは“急所”ではなく、解決しても大して状況が変わらないことは、よくあります。あるいは、その問題を解決するだけでは不十分で、周辺の構造自体を連動させて変革しなければならないことも多いです。
例えば、人材確保を経営課題とし、そのために現場課題として中途採用の精度改善を取り上げたとしましょう。取り組みの結果、検索の改善なりマッチングアルゴリズムなりで中途採用のパフォーマンスが改善しました。しかし、評価体系や報酬体系、業務プロセスなどを温存したままでは、せっかく獲得した優秀な人材が活躍できない、あるいは定着しないかもしれません。
これは現場課題を小さく設定しすぎたミスであり、経営課題の伝え方に失敗しているケースでもあります。おそらく経営課題は「今後増員する人材を含め、優秀な人材が最大のエンゲージメントとパフォーマンスを示す会社になる」と設定すべきでした。現場も中途採用の方法論より先に、人事戦略やビジネスプロセスを再考すべきだったのでしょう。
現場課題には守備範囲の拡大や粒度の再考が必要
ここまでの議論は、経営陣のメッセージをブレイクダウンしたり解釈を掘り下げたりするものでした。では逆の場合は、どうなのでしょうか?つまり、現場課題の設定は、いつも簡単で妥当なのでしょうか。
例えば先の「製造時に品質トラブルが多発する」という課題を取り上げてみます。品質トラブルと聞いてすぐに思いつくのは、製造機器の不調、作業員の訓練不足、原材料の粗悪さなどでしょうか。
これらに対しては、さまざまな手段を講じられます。具体的には、製造機器にセンサーを取り付けてIoT(Internet of Things:モノのインターネット)化を図り異常を速やかに検知する、作業員ごとの歩留まりを可視化し各人に合った研修を提供する、原材料の受け入れデータと製品品質を結び付けた解析をして要因を洗い出すなどです。
しかし、ちょっと待ってください。そもそも、その製造プロセスは妥当なのかどうかは検証されているのでしょうか? 例えば、開発チームが製品開発をしているときに浮上した懸念点があったのに、バトンを受け取った製造チームがスケールアップを検討している際には忘れ去られていなかったでしょうか。
上市後しばらくして競合が力を付けてきたとき、コスト競争力のために当初の想定より原料の品質を下げたとすれば、その品質低下に応じて完成品の検査項目を増やしたのでしょうか。
あるいは、製造ラインの設計時に比べ、何年か経つうちに製品の型番が激増して、もはや当初想定していた作業員の能力を大きく超えてしまっているのではないでしょうか。こういった俯瞰的な視点なしに、目前の問題のみを解決しようとしていないでしょうか。