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製造業はサービス化を必ず目指さなければならないのか【第13回】

製造業のビジネスとデジタルが結び付かないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2026年1月16日

 では成長マトリックスに戻って多角化を目指すのはどうでしょう。新しい製品を投入するより、サービスを投入した方が将来の市場に広がりがあるのでしょうか?マトリックスの右上を経由して右下を目指すならサービス化の方が有利なのでしょうか?

 いずれも必ずしもそうとは言えません。製品にせよサービスにせよ、特定の状況(既存市場)で大きな価値を生んでいても、新しい市場で同様の価値を顧客に感じてもらうことは容易ではないからです。むしろ汎用製品の方が単純な分だけ新市場に浸透しやすいのです。文脈への依存性が高いサービスビジネスは、意味の読み替えなしに新しいマーケットを見つけるのは難しいでしょう。

 このように、サービスビジネス化はトップダウンの大きな戦略から直ちに正当化されるものではないように見えます。むしろ、サービスが本質的に顧客の利用で初めて価値が生じるという点に注目すれば、ボトムアップの微視的な観点から出発すべきではないでしょうか。

顧客が感じる価値に注目し自社製品を再定義する

 モノからコトへ進むことの意味は、顧客の場所で生じる価値に着目することです。ビジネス的に言えば、自社が提供する価値を顧客に認識してもらうことです。顧客に価値を感じてもらえるからこそ、新しい製品やサービスが受け容れられ、繰り返し購入され、自社の未来に期待してもらえます。

 それを目的としたときに、モノだけを提供するよりも手段を広げて考えることこそがコトを考慮する意味です。言い換えればサービス化とは、問題解決であり、提案であり、ブランディングなのです。

 そして顧客の問題に深く分け入って価値の創造を目指すとき、おそらくは自社が提供するものが再定義されます。「意味の読み替えなしに新しいマーケットを見つけるのは難しい」と上述したように、その読み替えが行われる可能性があります。成長マトリックスで言えば下側への力です。

 ここで言う新しいマーケットとは、年齢や男女といったデモグラフィックや、国内・海外といった地理などを指す訳ではありません。自社の製品が顧客において果たす役割を本質的に捉え直すことで、従来は想像もしなかった顧客が浮上することを意味します。

 つまり、モノの理屈を離れてサービスドミナントな思考過程を経ることが重要なのであって、コト化とは必ずしも実際にサービス業そのものを始めることを意味しないと考えています。

サービス単独提供ではなく製品との組み合わせを考える

 とはいえ実際にサービスビジネス化に着手しようと思うと、さまざまな困難に遭遇します。例えばケイパビリティを経営学者ジェイ・B・バーニーが提唱する「VRIO:Value(価値)、Rarity(資源)、Inimitability(模倣困難性)、Organization(組織)」のフレームワークで考えてみると、価値は提供できるにせよ、独占している資源も模倣困難性もないでしょう。サービスに即した組織でもないと思います。つまり単独でのサービスビジネスでは強みが出せないのです。

 そうではなくて、既存のビジネスのサービス化を考えなければなりません。既存製品と関連させることで、資源や模倣困難性を確保し、ビジネスの実装や遂行は外部のパートナーの力も借りて進め、顧客視点でビジネスをデザインするのです。

 パートナー活用は、強みの根拠が自社になければ外部依存になってしまうことには注意が必要です。しかし、顧客を中心に考えず自社のロジックで動いてしまえば、モノとコトは無秩序に提供され、製造業がサービス化する意義は見出せなくなってしまうでしょう。

 重要なのは既存事業の提供価値の再定義であり、顧客を中心としたビジネスのデザインです。大規模なM&A(企業の統合・買収)やリストラではありません。必要なのは、従来のビジネスを疑う姿勢と、多様な価値観を有する人々との議論、そして何より顧客の場における価値創造への熱意です。

 冒頭で「なぜ製造業はサービス化を目指すべきなのか」という問いを発しました。その答えは「あなたの製品には、もっと価値があるかもしれないから」です。その価値を最大化するために、思考の軸にサービスを置いてみることが、コト化という提案の真意だと思います。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。