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バックキャストは未来予測を現実的な行動につなげられるのか【第16回】

未来予測は意味がないと思うあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2026年2月27日

選択肢2: 他社と協調して未来を創る

 例えば社内のプロセスは、事業領域やビジネスモデルなどに比べると、他社との差異化をそこまで意識する必要はありません。特に競争優位に資すると見做されないプロセスに関しては劣後しなければ十分です。

 そうした場合に重要になってくるのが、競合他社を含めた未来予測とバックキャストです。互いに非競争領域と定めたプロセスなら、各社がそれぞれ検討するよりも集まって未来を描き、共通のプロセス・共通のシステムをデザインした方が投下するリソース量が少なくて済むからです。すなわちデファクトスタンダード(事実上の業界標準)の確立です。

 ただ、この種の活動は一般に反自由競争につながりやすいことには注意が必要です。ITの場合は特に“勝者総取り”の傾向が強い市場ですが、デファクトスタンダードは、その面を利用者側から後押しする形になります。

 そもそも独占禁止法は、競争相手がいなくなり供給者の価格決定能力が高まって利用者に不利益が及ぶことを禁じるためのルールです。デファクトスタンダードは、その独占を利用者があえて望む方式ですので、競争戦略的には非常に興味深いものがあります。

 話を元に戻すと、競合あるいは供給者などと共にバックキャストをしてアクションを決めていくことには、より大きなメリットがあります。それは未来を予測するだけでなく「未来を形作れる」ことです。ITに閉じた話でなく、規制のあり方にも、そういう面があります。特に社会課題など公共善に貢献できる場合、協調したバックキャストは大きな効果が期待できます。

選択肢3: 再定義する

 競争領域では面白そうな未来に薄く張り、非競争領域では社外と積極的に協調する。それ以外の第3の選択肢が“再定義”という考え方です。もしかすると「これが本命だ」と感じる方もいるかもしれません。

 例えば日本の労働力人口の減少について考えましょう。もちろん、ロボットを作る会社や教育系の企業などは、この問題に対して“ど真ん中”の存在です。しかし医療分野に、できることはないでしょうか?健康寿命を延伸することで、従来なら引退する時期になっても元気に働けるなら、労働力人口の問題を解決できることになります。

 これを受けて医療機器メーカーがミッションを「不自由に苦しむ人々が健康に過ごせるソリューションを提供する」から「不自由に苦しむ人々が社会で活躍できるソリューションを提供する」に変更するかもしれません。こういった活動が、ここで言う“再定義”に当たります。

 再定義の良いところは、バックキャストとフォアキャストが自然に接続することです。現在の活動を全く否定せず、かつ予測した未来へつながる道を示せる。上手く再定義できれば、閉塞感を打破し未来に希望を持ちつつ、抵抗勢力も発生しない理想的なトランスフォーメーションが可能になります。

 しかし一方で、再定義は“ただの言葉遊び”に終わる傾向もあります。対外的には美辞麗句を並べるものの実情は何一つ変わっていない。関係者が、そう思ったが最後、むしろモチベーションは下がりイノベーションは起こらなくなるでしょう。

 再定義は、未来を見据えたときに得た自らに関する洞察、自分たちが何者であるかの再確認、そして深い自信の表れから行われるべきです。浅薄な現状追認から行われるべきではありません。

 逆に言えば、未来予測を通じて自分たちがやるべきことと現在の営みに関する理解度が深まり、それをうまく言語化できたときに、再定義は成功したと言えます。いたずらに抽象度を上げて何でも含まれるような言葉にするのではなく、本質に深く切り込んだ結果であるべきです。

向き不向きはあっても変革への有力手段

 バックキャストの活用例として3つの選択肢を紹介しました。筆者は3つとも経験がありますが、個人的には最後の「再定義」が一番楽しいです。

 最初の「薄く張る」は、実際に取り組もうとすると「この投資先でいいのか」と自信が持てないことを他人に説得するのが大変でした。2番目の「他社との協調」は、活動が始まった後の舵取りに膨大なエネルギーを必要とします。

 それぞれに向き不向きはあっても、いずれもが変革に向けた有力な手段です。ネタは思ったより身近にあります。是非、想像を巡らせ3つのパターンを試してみてください

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。その後は中堅製薬企業等でDXに従事し、現在は準大手ゼネコン企業のDX・IT責任者を務める。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。