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AGI(汎用人工知能)が実現した未来の予測に意味はあるか【第17回】
未来予測は意味がないと思うあなたへ
個人の好みを知り抜いたAGIに人間は“遊び”続けさせられる
今度は消費の側面から考えてみましょう。企業の消費は、原材料購入や設備投資、研究開発などの全てをAGIが担うことになります。AGIにより企業に勤める人がいなくなるので当たり前です。
一方、個人の消費に関しては様相が異なります。必需品はAGIがエージェントとして購入することがあっても、基本的に消費するのは人間でしょう。労働市場から追い出され、いやが応でも趣味の世界に住まわされてしまった結果、人間は遊び続けることになるからです。趣味が高じて儲かりそうになり働こうとしても、AGIに模倣され奪われてしまいます。
米国の心理学者アブラハム・マズロー 氏は、人間の欲求を生理的・安全・社会的・承認・自己実現の5段階で定義しました。フランスの知識人ロジェ・カイヨワ 氏は、遊びには競争・偶然・模擬・眩暈の4つの要素があるとしました。他にもインセンティブの種類として、物質的・人的・評価的・理念的・自己実現的という区分が知られていますし、キャリアを選択する際に絶対に譲れない要素や考え方である「キャリアアンカー」には8つの分類があります。
AGIは個人の好みを知り抜いたコンシェルジュのような機能を提供できます。そのため人間は、自分の性格や状況に合わせて要素がブレンドされ“お勧め”を参考に、友人と交流しながら社会に貢献したり、孤独に競争的に過ごしたりするでしょう。その事象に飽きる頃にはAGIが次のお勧めを自然な形で気付かせてくれます。
このように“労働”と対比すれば“遊び”でしかありませんが、必ずしも全てが無為な時間ではなく、個人の嗜好に応じて、やりがいや充実感を手に入れることもできます。単に行動が経済的な価値を生まないだけです。
そこまで徹底的に、人間から労働を奪う必要があるのかどうかは分かりませんが、お金を儲けたい人が優秀なAGIを保有する限り、自然とそうなっていくと考えられます。別の角度から見れば、お金がなくてもAGIのサポートにより幸せに生きられるなら、富が偏在することに反対する人も、いなくなるかもしれません。
先日、ある作曲家の方に「AIが曲を作るようになることをどう感じていますか?」と尋ねたところ「全く気にしていません。好きで作っていますから」と答えられました。そういえば筆者も、本連載をAIに執筆させないのは、好きで書いているからです。金銭を気にする限りAI/AGIは人間の脅威ですが、好きなことをする分には不幸にならないのかもしれません。
未来を本気で考えることで隠れた課題が浮上する
AGIをテーマに未来を予測してみました。結論は「AGIが実現すれば会社で働く人間はゼロになる」です。経済合理性を考えれば、AGIやロボットより安価な労働は人間に残されるでしょうし、再分配の制度設計も必要になるでしょう。
もちろん、この予測は外れるかもしれません。ここで筆者が伝えたかったことは、未来予測が当たるかどうかではなく、未来を具体的に描く必要性です。
仮に20年後にAGIが実現するとすれば、いま30歳の人が、いくらキャリアアップを志向していても、50歳になる頃には全てのポストが消滅しているかもしれない。いまの小学生の大半が一生働かない可能性があるということは教育のシナリオに含まれているのか。こういった疑問は「AGIが現れるかもしれない」という言葉だけからでは想像すら難しいでしょう。
筆者の感覚では、AGIはそう簡単には実現しないでしょう。この予測も当たらないかもしれません。けれども、前々回に「未来予測は当たらなくてもいい、未来を予測すると現在できる選択肢が増えて感じられる」とお伝えしました。今回の事例を通して、この種の思考実験のイメージをつかんでいただければと思います。
磯村 哲(いそむら・てつ)
DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。その後は中堅製薬企業等でDXに従事し、現在は準大手ゼネコン企業のDX・IT責任者を務める。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。