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そもそもデータ駆動は仕事にどう役立つのか:意思決定編【第18回】

データの重要性がいまひとつ腑に落ちないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2026年3月27日

DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈においては「データ駆動」あるいは「Data-driven」という言葉がたびたび強調されています。しかし、その意味や価値は正確に理解されているのでしょうか。DXの本質を問うなかでは「データを使うとはどういうことなのか」を再考する価値があると思います。この難問を今回は“意思決定”の側面から考えてみます。

 私たちはなぜ、データを参照するのでしょうか。データを使わないと何が問題なのでしょうか。データを使うことの価値を筆者は、最終的には次の2つに帰着すると考えています。“意思決定”と“方向付け”です。今回は前者の“意思決定”の側面から論じてみます。

意思決定(decision)と評価(evaluation)は別物

 意思決定は必ずしも経営上の大きな決定に限りません。私たちは常に意思決定を下しています。企業・組織内にあっても「どの事業を伸ばすのか」「人材をどう配置するのか」といった組織的なものから「どの処理を優先しようか」「いつ休憩しようか」といった個人的なものまで、日常業務はまさに意思決定の連続です。

 典型的な意思決定の流れを図1に示します。(1)まず大きな方向性を考える(direction)、(2)それを具体的なアイデアにし(creation)、(3)その実現のための作業をする(operation)、(4)出来栄えを評価し(evaluation)、(5)最終的な意思決定を下す(decision)です。

図1:意思決定における一般的な流れ

 例えば陶磁器メーカーなら(1)次は高級食器に進出しよう、(2)デザインができました、(3)試作完了です、(4)これなら売れそうだね、(5)よし、これで行ってみよう!という具合です。製薬企業なら(1)この病気の薬を作ろう、(2)こんな薬なら効くと思います、(3)実際に作ってみました、(4)効能はこのような感じです、(5)もう少し改良しよう!という感じでしょう。主には企業活動をイメージしていますが、おそらく、ある程度は汎用性のある流れではないでしょうか。

 さて、この意思決定の流れで埋没しがちなステップに「評価」があります。評価とは、製造や研究、調査など、さまざまな作業の結果に“良し悪し”を付けることです。評価の結果が明確で異議のない場合の意思決定は簡単です。“良し”なら「Go」ですし“悪し”ならば「Stop」だからです。

 しかし、評価が難しいなかで意思決定を下さなければならない場合、意思決定者は困難に直面します。そうした局面では、一般に「KKD」と呼ばれる「勘(Kan)・経験(Keiken)・度胸(Dokyo)」を動員することになります。もちろん意思決定の精度を高めるために、意思決定フレームワークによりバイアスを除去する技術も提供されてはいます。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈でいえば、データ駆動が最も得意とするのは、この評価のステップです。すなわち、人間の頭脳では手に余る状況に対し、データ駆動は、評価を容易にすることで意思決定を支援するのです。

データ駆動は人間にとって“不自然”な思考法

 図2は、科学・技術の成熟度と評価の精度の関係性を示したものです。図2の実線をたどると、何も頼るものがない場合には“直感”を信じるしかないのに対し、ある程度の経験や他者の理屈があれば、それを“理論”として評価の根拠にできます。理論が蓄積し洗練されるとコンピューターで“計算”できるようになり、評価は容易になります。

図2:科学・技術の成熟度と評価の精度(人工知能学会誌『化学産業における分子デザイン』、磯村哲・山下博史、2019年から一部を改変)

 これまでデータを利用しなくても評価は可能でした。私たちは、データを基に意思決定する教育をほとんど受けていませんし、KKDによる思考方法に成功体験を有しているからです。言い換えれば、私たちの文化にデータ駆動は織り込まれていないのです。

 私たちにとって不慣れな、もっと言うなら“不自然”な思考方法であるデータ駆動は時に、極めて大きな力を発揮します。例えば顧客の購買行動を考えてみましょう。理論でいえば消費者行動モデル、計算でいえば全脳シミュレーションなどが相当するでしょう。しかし、そういった手法で「私が明日に何を買うか」を導き出すのは、ほぼ不可能です。

 しかし、私の過去の購買行動や、類似の環境にある他人のデータを参照すれば、おおまかな予測はできてしまいます。つまり、データとデータサイエンスを用いれば、理論や計算では不可能だった「評価」が現実に可能になるのです。それが、図2の「パターン」の位置で、破線が実線より上に位置するということの意味です。