- Column
- 今こそ問い直したいDXの本質
そもそもデータ駆動は仕事にどう役立つのか:方向付け編【第19回】
データの重要性がいまひとつ腑に落ちないあなたへ

DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈において、たびたび強調されるのが「データ駆動」あるいは「Data-driven」です。DXの本質を問うなかでは「データを使うとはどういうことなのか」を再考するために前回は、データを使うことの価値の1つである“意思決定”の側面から考えてみました。今回は、もう1つの価値である“方向付け”の側面から考えてみます。
データを使うことの価値について筆者は、最終的には“意思決定”と“方向付け”の2つに帰着すると考えています。そのため今回は“意思決定”の側面からデータを使うことの価値を論じてみました。今回は“方向付け”の観点から、その価値を論じてみます。
“発見”の価値は「方向付け(direction)」にある
データサイエンスは帰納的な学問の系譜に属しています。つまり多くの事象から“共通項”と“非共通項”を見出すことを得意とします。
前回の意思決定に関する議論と対応させれば、共通とは「過去のパターンに当てはまる」ということです。分類や予測が可能なこと意味し、意思決定に寄与します。一方で非共通とは「これまでに見たことのないデータ」ということですから、そこに“発見”が生じます。
では発見は、それ自体が価値になるのでしょうか。意思決定につながる機能である“評価”と対比した際に“発見”がつながっていくアクションは何か。それは方向付け(direction)あるいは仮説生成でしょう。つまり「次に何を目指すか」という方策を立てる材料になるわけです。
その構図は簡単です。データ利用によって新たに得られた情報が、これまでに得ていた情報と異なる場合、つまり発見があったときには方向付けに寄与する、すなわち新たな方策を模索する、あるいは仮説生成の一助になります。新しく得た情報が従来と同じ情報なら、方向付けに影響を与えません。
例えば、データから「当社の女性用商品が実は子供にも使われているかもしれない」ということが見えたとしましょう。このことを元々知っていれば、従来の施策に付け加えることはありません。一方で、それが新たな気付きであればマーケティング施策に取り入れられるといった具合です。
この論は、前回の意思決定に関する議論と比べ自然に感じるでしょう。なぜなら元々、発見は帰納的であり、人間が無意識に行っている作業がデータサイエンスという技術によって支援されるという構図だからです。
方向付けの成熟度が高まると自動化につながる
方向付けに関しても自動化の文脈が存在します。取得したデータを整形して可視化するだけならば、受け取った人は、その情報を読み解いて考えるため、方向付けに関して人間の裁量の余地が大きくなります。
逆に取得されたデータからパターンを見いだし、最適化を経て示された選択肢なら、異論の余地がなくなり、方向付けに人間が関わる必要はありません。意思決定と同様に、方向付けに関してもデータサイエンスの寄与は連続的なのです。