- Column
- 今こそ問い直したいDXの本質
そもそもDX人材はなぜ転職せず自社の変革に取り組むのか?【第31回】
DX人材像がイメージできないあなたへ
愛社精神は“慣れ合いの温床”となり変革を阻害しないのか
筆者は「DXとはエゴを突き通すことだ」とも考えています。あなたが所属する企業を存続・発展させるために、今の職務や、これまでのビジネスに相反してでも変革を遂行するのがDXに携わるということなのです。もちろん今の仕事をボイコットするような幼稚な話をしているのではありません。秩序を心配しなくても、洗練された方法論は存在します。
重要なのは、変革のモチベーションが自分の中から湧き出ることであり、それを「正論」ではなく、敢えて「エゴ」と呼ぶことで覚悟が決まるのではないでしょうか。「イノベーションは不服従と切り離せない」とされますが、DXが広義のイノベーションであることを考えれば自然な帰結でしょう。愛社精神を貫き通すエゴの表現型がDXだということです。
ここで1つの疑問が沸いてくるかもしれません。「愛社精神の強い人が集まると、誰かに不利益が生じるような厳しい施策を打てないのではないか」というものです。これへの回答は「その程度の愛社精神では足りない」ということになるかと思います。
会社の存続を案じるにせよ、飛躍的な成長を目指すにせよ、現在に囚われない姿を真剣に検討するならば、自ずと誰かの居場所がなくなる案が出ることはあります。そうした検討ができないのであれば、個人の側は愛社精神が足りないし、会社の側は信用される器ではないということです。
自分の仕事がなくなる覚悟で十年先に花開く提案をした社員に対し、より好待遇の、あるいはリスキリングにふさわしいポジションがいずれ用意されると思えないのであれば、社員の滅私奉公になってしまいます。
愛社精神とは、今の職務や組織に縛られず、会社のためを思って行動することであり、自分を殺してまで会社に奉仕することではありません。成功を顧客や仲間と分かち合いたいと思うことであって、会社を自分の利益に誘導することでもありません。そういった人々が集まって話し合い、試行錯誤することで生まれるのが企業変革なのです。
誰も傷付けないように発言を抑えた仲良しクラブが、実は心理的安全性が低いということは既に理解されているでしょう。本稿でイメージしているのは、その真逆です。真に会社のためを思ったときに何ができるのか。それを真剣に考え話し合うことこそ愛社精神の表れだと考えます。
愛社精神を押し付けられないことこそがDXの起点に
近年、個人が働く期間より企業寿命の方が短くなりつつあります。米国では既に、そうなってきています。株主はリスクの高い投資を嫌うかもしれません。そうした状況でもなお、自社に留まって変革を牽引しようとするなら、DX人材は、上述したような少し高い基準をクリアする必要があるでしょう。
愛社精神を誰もが持ち得るかどうかは分かりません。必ずしも全社員が持つものでもないでしょう。愛社精神の押しつけはブラック企業の典型なだけに、その点に関して企業側ができることは少ないのだと思います。実際に組織学習論の権威であるピーター・センゲ氏は、こう言っています(『学習する組織』、英治出版より)。
「多くの経営者が直面する最も厳しい教訓は、結局のところ、他者を参画、あるいはコミットさせるために自分ができることは一切ないということだ。(中略) 無理強いしようとしても、せいぜい追従を助長するぐらいだろう」
この文章は、どこか抽象的な会社というものに向けての提言ではありません。いま本稿を読んでいるあなたへのメッセージです。愛社精神などという、古臭くてアナログな、デジタルから最もほど遠く見える概念こそがDXの根幹を成すということだけでも理解して頂ければ幸いです。
最後に、愛社精神以外に個人のDXへの思いを駆動するものはないのでしょうか。例えば新規事業など、個人的にやりたいことがあり、それを追求する場合には、愛社精神とは関係なく推進力が発揮されます。デジタル技術自体が好きで、それを自社で使いたい場合も同様でしょう。
ですが、それ以外にも積極的に関わる人々が存在します。入社すぐだったり、M&A(企業の合併・買収)で合流したばかりだったりで愛社精神を育む時間がないにも関わらず、高いモチベーションで変革に臨む人たちです。
筆者の個人的な観測範囲では、そういう人たちは、志の高さと不満の抱きやすさが共存しているように見えます。志が高いだけでは具体的な欠点や伸び代が見えませんし、不満を抱くだけでは愚痴をこぼして終わります。ですが、その両方を持つと変革への行動につながるという印象です。その志の高さが、どこから来るのか今はまだ考えがまとまっていません。いずれ考察してみたいと思います。
磯村 哲(いそむら・てつ)
DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。その後は中堅製薬企業等でDXに従事し、現在は準大手ゼネコン企業のDX・IT責任者を務める。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。