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静岡県、縮尺1分の1で街を再現する「VIRTUAL SHIZUOKA」を“安全な実験場”に

「インダストリアルデジタルツインサミット2025」より、企画部デジタル戦略課 参事の杉本 直也 氏

トップスタジオ
2025年11月4日

ゲームエンジンとの組み合わせで種々のシミュレーションが可能に

 VIRTUAL SHIZUOKA構想では現在「現実では試しにくい挑戦を仮想空間で安全に試せる場としての活用に挑戦している」(杉本氏)。その鍵を握るのが、VIRTUAL SHIZUOKAを都市の再現モデルとしてのデジタルツインの基盤にすることだ(図2)。

図2:VIRTUAL SHIZUOKAを都市のデジタルツインの基盤にし、さまざまな応用を期待する

 デジタルツインとしての応用例の1つとして杉本氏は、自動運転やMaaS(Mobility as a Service)などのモビリティ分野を挙げる。「新しい交通システムは道路や地域社会に大きな影響を与える可能性があり、いきなり実地での実験は難しい。バーチャル環境でのシミュレーションを重ね、合意形成の場として活用すれば、実際に導入する際の種々の摩擦を減らせる」(杉本氏)と期待する。

 その際に欠かせないのが「Unity」(米Unity製)や「Unreal Engine」(米Epic Games製)といったゲームソフトウェアの開発基盤となるゲームエンジンである。点群データを読み込めば、現実の街並みを再現したデジタル空間を構築でき、時間帯や天候を切り替えながらのシミュレーションが可能になる。杉本氏は「これからのエンジニアはゲームエンジンやVR(Virtual Reality:仮想現実)の知識が不可欠になってくるだろう」と指摘する。

 ゲームエンジンの応用ではインフラ整備の現場での利用が期待される。例えば河川改修事業では従来、地元住民への説明会では図面や写真が頼りだった。点群データを元に作成した3D(3次元)モデルをVR空間に表示すれば、現実の土地の傾斜や高低差までが忠実に再現されるため「住民は自分の目線で、石積みの高さや護岸の形状を体感できる」(杉本氏)

 さらに、設計の修正案をその場で反映すれば、土地の提供範囲や人工斜面の広がりなどの影響を目の前で確認できる。自分の土地がどう変わるかを“図面上の線”ではなく“直感的”に理解できることになる。杉本氏は「合意形成を迅速化し事業を早く完成できれば、河川改修の効果が早期に発現し、地域全体のためになるはずだ」と話す。

 また中小企業の工場のレイアウト設計であれば、既存の設備を点群データで記録しゲームエンジン上に再現し、新しい機械の配置検討や作業動線の改善がシミュレーションできる。作業員が倒れた際の避難ルートやリスク対応なども検証でき「限られたリソースで生産性と安全性を両立する有効な手段になる」(杉本氏)

シミュレーションによる“失敗の先取り”が社会実装を加速させる

 これらの事例が示すのは、デジタルツインとゲームエンジンが“安全な試行の場”を提供することだ。杉本氏は「現実社会では一度の失敗が多大なコストやリスクを伴うが、ゲームエンジンなら失敗が許され何度でもトライアルできる。失敗を先取りできる環境を手に入れていることと同義であり、どんどんシミュレーションしていくことが大事だ」と強調する。

 そのうえで「失敗を先取りできる環境こそ、社会実装を加速させる推進力になる。VIRTUAL SHIZUOKAを“安全な実験場”に位置付け、目指す社会を明確なイメージとして伝えていくことも我々行政の責任だ」と杉本氏は決意を述べる。

 点群データの価値として杉本氏は「文化財や街並みを未来につなぐ視点」にも注目する。例えば県内掛川市にある掛川城では、地上レーザー測量により城の内外の3次元点群データをオープンデータとして公開し自由な閲覧・活用を可能にしている。掛川市は修復工事に際し、通常は近づけない天守のシャチホコを点群データで取得し、デジタル展示会も企画した。

 文化財の3Dアーカイブにも取り組んでいる。「LEGA-SHIZU×3D」というポータルサイトを立ち上げ、仏像などを3D化し公開している。県内湖西市にある応賀寺の阿弥陀如来坐像をはじめ、地域の貴重な文化財をデジタルデータとして後世に伝えていく。

 こうした流れは、種々の技術を誰もが使えるようになることで加速する。例えば「iPhone」の一部機種には、レーザー光で対象物までの距離を測るLiDAR(ライダー)が搭載されている。「専門家しか使えなかった計測手法を使って身近な環境を手軽に3Dデータ化できるなど、点群データの収集はプロの独占領域ではなくなった。学生ベンチャーが位置情報を付与する新技術を開発するなど異分野からの参入も進んでいる」(杉本氏)

 杉本氏は「測量や街づくりは“一部の専門家が行うもの”から“市民や企業も加わる協働の営み”へと変わり始めている。VIRTUAL SHIZUOKAを持つ静岡を実験フィールドに新しいサービスや技術を試行したい方は是非、我々に声をかけてほしい」と協働を呼びかける。