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  • デジタルツインで勝ち抜くデータ駆動のものづくり

製造業が“世界に勝つ”ための日本の課題とデジタル技術の活用策

「インダストリアルデジタルツインサミット2025」のパネルディスカッションから

トップスタジオ
2025年12月9日

生成AI(人工知能)技術の利用が加速する一方で、日本の製造業が直面している課題は単純ではない。東京大学の青山 和浩 氏と東京科学大学の藤澤 克樹 氏、ロート製薬の固城 浩幸氏 が「インダストリアルデジタルツインサミット2025」(主催:同プログラム委員会/サイバー・フィジカル・エンジニアリング技術研究組合、2025年8月28日)のパネルディスカッションに登壇し、グローバル競争を勝ち抜くための製造業における生成AI技術の活用方法について意見を交わした。モデレーターはプログラム委員長である京都大学の西脇 眞二 氏が務めた。

西脇 眞二 氏(以下、西脇) :本サミットのプログラム委員長で、京都大学 工学研究科 機械理工学専攻 教授の西脇 眞二です。製造業でのデジタル化が進む中、データプラットフォームの構築やシステム統合の複雑さ、日本企業特有の組織文化などの課題もあります。それぞれのお立場から、現在、取り組んでおられることや課題からお聞かせください。

写真1:インダストリアルデジタルツインサミットのプログラム委員長で、京都大学 工学研究科 機械理工学専攻 教授の西脇 眞二 氏

青山 和浩 氏(以下、青山) :東京大学 大学院工学系研究科 人工物工学研究センター 教授の青山 和浩です。専門はシステム工学、設計工学、生産工学で、複雑化するシステムに、どう対応すべきかについて、システムアーキテクチャーをキーワードに研究しています。

写真2:東京大学 大学院工学系研究科 人工物工学研究センター 教授の青山 和浩 氏

 システムには、製造者から見たシステム、利用者から見たシステム、構造を設計する人から見たシステムといった多面性があります。システム研究では、そうした多面的なシステムを、いかに統一的に扱えるかが重要です。我々の研究室では、システムを把握・記述して分析・理解するだけでなく、そこで見つけた問題を解決する新たなシステムの創成に取り組んでいます。

 最近は「ChatGPT」などのLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)を使って、システムの知識をグラフ化し、それを地図のように活用した意思決定支援を研究しています。生産性を高めるために何を変更すべきかを探索するナビシステムのようなものです。こうしたAI(人工知能)技術の活用により、将来的には個人でも、さまざまなドメインの問題を解決できるようになるのではないかと考えています。

藤澤 克樹 氏(以下、藤澤) :東京科学大学 総合研究院 デジタルツイン研究ユニット 教授の藤澤 克樹です。日本は「21世紀になってからサイバー空間の戦いで負け続けている」との指摘がありますが、この要因の1つは“やらなければならないこと”から逃げてきたことだと思います。私は、これまでも「国産でデータセンターインフラを作るべきだ」と主張してきましたが、2010年代後半には「今さらやっても間に合わない」「手遅れ」という声が少なくありませんでした。

写真3:東京科学大学 総合研究院 デジタルツイン研究ユニット 教授の藤澤 克樹 氏

 しかし、例えば製品開発プロセスに生成AI技術を活用しようとすると、設計データや製造データ、材料データなど開発に関わる、あらゆる種類のデータが必要になります。すると「これらデータを管理するプラットフォームをどうするか」が問題になるのですが、この部分が後回しにされてきたのです。

 昨今、データ連携については、そのためのプラットフォームを官民を挙げて作る動きが出てきました。ですが、その下のプラットフォーム、つまりデータセンターについては話が進んでいません。現状、日本のサプライチェーンでTier1/Tier2間のデータ連携を考えると、そのプラットフォームはAWS(Amazon Web Services)一択になってしまいます。自動運転などで必要になる「大量の重要なデータをどこに置くか」という議論が進んでいないことが大きな課題だと感じています。

固城 浩幸 氏(以下、固城) :ロート製薬 生産技術部 副部長 兼 DX/AI推進室 兼 サプライチェーンコーディネーターの固城 浩幸です。1899年創業の当社は、126年の歴史を持ち、現在は目薬から化粧品、再生医療まで事業を展開しています。

写真4:ロート製薬 生産技術部 副部長 兼 DX/AI推進室 兼 サプライチェーンコーディネーターの固城 浩幸 氏

 三重県伊賀市にある上野テクノセンターでは、藤澤先生と共同でスマート工場化に取り組んでいます。デジタルツインと物理世界をつなぐCPS(Cyber Physical System)を活用し、プロセス系のものづくりで重要な原材料の調達から卸小売までを一気通貫でつなげる仕組みの構築を目指しています。

 現時点では、リアルタイムデータの取得が進み、AI技術による状況判断も可能になってきました。中長期的には、このデータプラットフォームを使って仮想空間上でシミュレーションし、新工場建設や生産ライン導入といった経営判断の意思決定支援につなげたいと考えています。特に生成AI技術がサプライチェーンの各段階での新たな橋渡し役になる可能性に注目しています。