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  • デジタルツインで勝ち抜くデータ駆動のものづくり

製造業が“世界に勝つ”ための日本の課題とデジタル技術の活用策

「インダストリアルデジタルツインサミット2025」のパネルディスカッションから

トップスタジオ
2025年12月9日

世界が狙う、ものづくりデータを守るためのデータ管理が必要

西脇 :国内データセンターについて藤澤先生、もう少し詳しく教えていただけますか。

藤澤 :私が言いたいのは「今すぐAWSやMicrosoft Azure、GCP(Google Cloud Platform)に匹敵する国産プラットフォームを作るべき」という話ではありません。日本国として「どういうデータを、どのセキュリティレベルで分けて管理するか」を戦略的に決める必要があるということです。

 生成AI技術のための学習データが不足する中、世界各国が日本の製造業データを狙っています。インターネットで手に入るデータは既に食べ尽くされたと言われており、次は各国の貴重な、ものづくりデータが標的になります。それをどう守り、活用するかです。

 米NVIDIA製の最新GPU(Graphical Processing Unit:画像処理装置)の保有数などを見ると、日本が国内に持っている計算資源の量は決して世界トップレベルとは言えません。データの重要性に応じたランク付けと、それぞれを国としてどのように管理するか、そして特に生成AI技術の利用に必要な計算能力を日本国として、どう確保していくかが重要です。

 先ほどお話ししたように、データ連携については経済産業省などがプロジェクトを進めていますが、それを支えるハードウェアについては「そこはもう、どこでも良い」という扱いになりがちです。しかし、そこを避けて通ると過去と同じです。重要なデータを引き抜かれ、利用されてしまう歴史を繰り返すことになります。

西脇 :データ活用の観点から見た場合、特に製造業では、どのような点が重要になりますか。

青山 :データを活用するためには、単にデータを収集・整理するだけでは不十分です。それを活用しやすい形式でプラットフォームに収めることが重要です。特に、データとデータの関係を把握し、それらの組み合わせで、どういった価値が生まれるかを十分考える必要があります。

 日本のものづくりの特徴として、設計と製造など複数の領域を連携して考えることが挙げられます。そのため、1つの領域だけでなく、関係する領域データを連携させる仕組みが非常に重要だと考えています。デジタルツインにおいても、それぞれが異なる目的で作られたデジタルツイン同士を連携させないと本当の問題解決ができない場面があります。今後は、そのような連携を実現する技術基盤が重要な役割を果たすでしょう。

すり合わせや属人化をポジティブに捉えシステムを設計する

西脇 :企業側の意見として、実際に製造現場でDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるには、どのような点に気をつけるべきでしょうか。

固城 :日本企業特有の“すり合わせ”や“属人的な業務プロセス”を、いかに悪者扱いせず、ポジティブに捉えるかが重要だと考えています。本当に人でないとダメな部分はどこかを見極めながら、システム間連携を、より高速かつ正確に行えるデータ連携の仕組みを構築する必要があります。

 経営陣との対話でよく議論になるのは、単純に標準化したり個別に業務要件を決めたりするだけでは、システムとシステムの間に落ちる部分が出てきてしまい、日本の製造業の本当の強みが失われてしまう恐れがあることです。日本企業の特徴を生かせるシステム設計を考えなければいけません。

西脇 :こうした課題に産学連携で取り組み、製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)をさらに進めるには、まず何から始めるべきでしょう。

藤澤 :日本の企業文化として「先例がないと、なかなか取り組めない」という特徴があります。それを逆手に取って、まずは成功事例を作ることが重要です。しかし、それは決して容易ではありません。

 そういった意味で、ロート製薬には非常に感謝しています。固城さんも淡々と話されていますが、実際には毎日大変な苦労をされています。日本では最初に何かを始めるのが非常に厳しく、1年では成果がなかなか出ないものです。

 それでも、やはり重要なのは、個別企業でアプリケーション開発を始め、成功事例を積み重ねることです。それによってCPSやデジタルツインのメリットが広まっていけば、プラットフォームの議論も徐々に本格化していくと思います。

西脇 :青山先生から見て、具体的なアプリケーション開発においては、どのような点が重要になるでしょうか。

青山 :大事なのは、単体の技術だけでなく、周辺のさまざまな要素を統合して考えることです。例えば私は、日本溶接協会の会長を務めていますが、溶接は技術的には非常に属人的で匠の世界です。しかし実際の現場では、技術的な判断だけではなく、スケジュールや品質要求、コストといったビジネス要素も含めて、俯瞰的に意思決定しなければなりません。

 日本の製造業の強みは、こうした複数領域を連携して考える点にあります。AI技術を活用する場合も、単純に自動化するだけでなく、さまざまなドメインの情報を統合し、全体最適な判断ができるシステムが重要だと考えています。

産学連携の議論を継続し具体的な成功事例の共有を

西脇 :皆さんのお話を総合すると、データと情報と知識を有機的につなげていくことがデジタルツインの本質であり、その基盤になるシステム構築のあり方が重要だということがよく分かります。

 特に「グローバル競争を勝ち抜くための生成AI活用」という今回のテーマについて、3つの重要な視点が浮かび上がったと思います。1つは、日本独自のプラットフォーム構築の必要性。これにはハードウェアだけでなく、ソフトウェアや制度設計も含まれます。

 次に、理論だけでなく具体的な事例の積み重ねが重要だということ。藤澤先生が指摘されたように、まずは実際にアプリケーションを作って成功事例を示すことから始める必要があります。

 そして、日本の製造業の特徴を生かしたDXアプローチです。青山先生が指摘された複数領域を統合するシステム思考や、固城さんが話された、すり合わせ文化や柔軟な組織運営を強みとして捉える視点が重要でしょう。

 日本の製造業におけるDXは重要な転換点にあります。今日のような産学連携での議論を継続し、具体的な成功事例を共有していくことで、世界に通用する日本独自のアプローチを確立できると確信しています。