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  • 「知る」から「使う」へ、生成AI活用の最前線

JCOM、全サービスのCXを“全員参加型”のAI技術活用で高める

「生成AI Day 2025」より、CX・マーケティング部門 DXデザイン本部の鎌田 幹生 氏

トップスタジオ
2025年12月3日

番組制作や視聴体験に生成AI技術を適用

 プロジェクトによる実際のサービスへのAI技術の適用は「番組制作や視聴体験の高度化に結び付き始めている」(鎌田氏)という。具体例の1つが「番組メタデータの自動生成」である。

 既存の番組データをLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)に入力すれば、AI技術が番組の文脈を理解し補足情報を生成する(図2)。「番組の制作背景や、スタッフや出演者のエピソード、海外での反響など、人手では調べきれない付加情報を自動生成できる。「これまで番組のメタデータは、番組表に載った内容や出演者、ジャンル、あらすじなどの定型情報が主だった」(鎌田氏)という。

図2:生成AI技術により番組のメタデータを充実させる

 AI技術が生成したリッチなメタデータをレコメンドシステムに組み込むことで、視聴者にはより深い番組理解と精度の高いおすすめを実現している。鎌田氏は「AI技術を『知識拡張エンジン』として活用することで、番組の魅力を多角的に伝えられるようになった」と話す。

 もう1つのAI活用例が「パーソナライズド動画自動生成」だ。視聴者1人ひとりの嗜好や視聴履歴に合わせて、番組を自動で再構成する(図3)。具体的には、番組の映像を解析し、登場人物や展開ごとにシーンを分類しタグ化する。これを視聴データと組み合わせることで、視聴者が見たい部分だけを自動で抽出する。例えば「特定のチームの試合だけをまとめたスポーツダイジェストや、好きな俳優の登場シーンを集めたドラマの再編集などが可能になる」(鎌田氏)という。

図3:映像データを解析し、個人の嗜好に合わせた動画をAI技術で生成する

 鎌田氏は「視聴者がタイムパフォーマンスを重視する今の時代、例えば2時間の番組を10~20分にまとめ、短い時間でもしっかり楽しめる動画体験を提供していきたい」と意気込む。

コンタクトセンター業務では月1500時間の削減を実現

 一方、JCOMが運営する数千人規模のコンタクトセンター業務にも、生成AI技術の利用を進めている。

 同社のコンタクトセンターに寄せられるのは、「インターネットがつながらない」「テレビが映らない」といった接続や視聴に関する相談をはじめ、ケーブルテレビの契約手続き、電気・ガス・保険などのサービスに関する問い合わせなどである。

 これらに応対するオペレーターを対象に、オペレーター支援システム「JAICO」を自社開発した(図4)。顧客との通話内容をリアルタイムで文字起こしし、その要点を生成AI技術で自動要約・記録する。

図4:オペレーター業務の支援システム「JAICO」の画面例と機能

 さらに会話の文脈や顧客の感情も分析し、状況に応じた対応方針をオペレーターに提案する。具体的には「まずはお詫びを優先しましょう」「ゆっくり説明を進めましょう」といったことだ。応対が終われば、発話内容や声のトーンからCS(Customer Satisfaction:顧客満足度)を推定し「この応対は満足につながった」「より丁寧な説明が必要」といったフィードバックを返す。

 オペレーターが利用する画面には、会話の要約や応対の提案、品質評価がリアルタイムに表示される。「既に1000人以上が利用し、月間約20万件の要約データを生成している。それによる業務削減時間は月1500時間にのぼる」(鎌田氏)という。

 鎌田氏はJAICO導入の成果を「オペレーターが記録作業に追われることなく、顧客と向き合う応対そのものに集中できるようになった。対話の質を高め、より満足度の高い応対を実現できている」と評価する。

ROIを意識しローカルモデルなどの環境整備に踏み込む

 生成AI技術の導入を進める中で鎌田氏は「精度と一貫性の確保」を最大の課題に挙げる。精度においては「事実と異なる内容を生成するハルシネーション(幻覚)のリスクは避けられず、業務実装を進めるほど慎重さが求められる」(鎌田氏)とする。

 一貫性の確保では、生成AI基盤であるLLMは開発元により頻繁にアップデートされることがあり、昨日まで「A」と答えていたモデルが、翌日には同じ質問に「B」と答えることがある。「ブラックボックス化した内部仕様の変化は企業利用における信頼性を揺るがしかねない」と鎌田氏は指摘する。

 個人情報や著作権を扱う事業者として、セキュリティとガバナンスの徹底も欠かせない。「今後はROI(Return of Investment:投資対効果)を重視し、ローカルモデルなど自前環境の整備にも踏み込む段階にある」と鎌田氏は話す。

 JCOMにおけるAI活用の今後について鎌田氏は「これまでは各部門でのスピード重視の導入を優先してきた。今後は全社のビジネス戦略と連動させ、より大きな価値を生み出す段階へと移行していく」と強調する。

 これまでAI技術を導入してきたのは、マーケティングやカスタマーサポート、コンテンツ制作などの事業・部門単位だった。それを「横断的に連携させ、顧客にサービスを届けるまでのバリューチェーン全体で成果を高めていく。複数のAIシステムが連携しながら利用者ごとに最適な提案を示せるようにしたい」(鎌田氏)考えだ。

 鎌田氏は「サービス全体をAI技術の力で進化させ、JCOMらしい体験価値をさらに磨き上げていきたい。顧客1人ひとりに、より寄り添う存在であり続けたい」と力を込める。