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  • 「知る」から「使う」へ、生成AI活用の最前線

日本触媒、製造現場での熟練者の技能をAI技術で継承

「生成AI Day 2025」より、DX推進本部 本部長 中川 博貴 氏

トップスタジオ
2025年12月1日

日本触媒は、製造現場での人材確保の難化と生産・物流制約の複雑化という課題へのAI(人工知能)技術の適用を進めている。同社DX推進本部 本部長の中川 博貴 氏が「生成AI Day 2025(主催:インプレス、2025年9月18日)」に登壇し、生産計画を30分に短縮した最適化AIや、プラント運転の制御の制御AIなどの実装例を紹介した。

 「人口減少への対応は急務だ。そのためにAI(人工知能)技術の活用に取り組んでいる」--。日本触媒 DX推進本部 本部長の中川 博貴 氏は、同社におけるAI(人工知能)技術への取り組みについて、こう説明する(写真1)。

写真1:日本触媒 DX推進本部 本部長の中川 博貴 氏

 日本触媒は、素材・化学品をグローバルに展開する化学メーカー。環境・エネルギー、エレクトロニクス・イメージング、生活関連の領域に事業展開する。特に紙おむつなどに使われる高吸水性樹脂(SAP:Super Absorbent Polymer)は、世界トップシェアを持つ主力事業の1つであり、国内外に製造・研究拠点を構えている。

 「安全が生産に優先する」を社是に、2030年に向けた長期ビジョン「TechnoAmenity for the future」に沿って「事業・組織・環境に対応する三位一体の変革を掲げ、DX推進本部が、各領域でのその実現に向けたデジタル化をリードしている」と中川氏は説明する。

 その背景には「製造現場における人材確保は年々難度を増している。同時に多品種・複数ライン・複数倉庫という生産・物流の制約が、日々の計画やプラント運転の難易度を引き上げている。現場で働く人が今後、早いペースで減ることが見込まれる中、無駄な仕事や嫌がられる仕事はなるべく省いていきたい」(中川氏)という危機感がある。

 そうした考えの下、日本触媒における現場業務へのAI技術の適用例として中川氏は(1)高吸水性樹脂の生産計画の最適化と(2)連続生産プラントの蒸留塔の温度制御という2つの事例を紹介する。

事例1:高吸水性樹脂の生産計画の最適化

 高吸水性樹脂は、紙おむつや生理用品の吸収剤や、保冷剤などに利用される粉体である。フレキシブルコンテナあるいはペーパーバッグに充填されるが「容器の種類と充填量の組み合わせによって100近くの品目が存在する」(中川氏)という。

 品目の多さに加え「製造プロセスでは生産能力や製造可能な製品に応じて、大小さまざまな生産ラインを使い分ける必要があることが生産計画を複雑にしている」と中川氏は説明する。さらに「製造後の製品は社内倉庫だけでなく一部は社外倉庫にも保管するという制約もある」(同)

 生産計画は、営業部からの販売計画と在庫状況を元に作成する。その作業は「多くの経験と時間が必要になる。販売計画は日々変わるため、現場担当者は『休めない』という心理的な負担を強いられてきた」(中川氏)ともいう。

 「製品出荷に影響を与えてはいけない」というプレッシャーから在庫水準を必要以上に安全サイドに振ってしまうという状況も起こっていた。中川氏は「国外を含めたライバルとの競争が激化する中、利益を含めた生産計画を立てる必要が高まってきた」と振り返る。

 属人化による負荷をなくし収益を改善するために開発したのが、最適化アルゴリズムを核とする生産スケジューラー「SAPOS-01」である。生産計画ソフトウェアを提供するALGO ARTIS製の最適化ソフトウェア「Optium」を基盤にしている。

 生産計画の計算アルゴリズムには「焼きなまし法(Simulated Annealing)」を採用し、多数の制約が絡む400万回の計算を約30分で終了する。倉庫割当の計算アルゴリズムには「貪欲法(Greedy Algorithm)」を応用し、生産計画が確定した後に計算する。

 短期かつ安価に導入するために、担当者が利用するインタフェースには、使い慣れているExcelを使い、入力情報はExcelファイルに入れ、計算結果もExcelファイルで受け取る。実際の計算はクラウドサービス「Google Cloud」(米Google Cloud製)上で実行することで、高性能なPCやサーバーの準備を不要にした。

 SAPOS-01の導入により「10年、20年の経験を持つ担当者が丸1日かけて作成していた生産計画が、30分で3カ月分を作れるようになった。生産ラインの切り替えもかなり減らせロスが減った。在庫数量や倉庫占有量を可視化したことで、在庫バランスを良い状態に維持できるようになった」と中川氏は評価する(図1)。

図1: 高吸水性樹脂の生産計画立案への生産スケジューラー「SAPOS-01」の導入効果

 属人化の解消のほか「販売計画の変更にも柔軟に対応できるようになった。生産ラインの切り替えを抑えてロスを抑えたり、在庫量を調整したりすることで原価の低減も図れている」(中川氏)という。