- Column
- 実測データとAI技術で高めるデジタルツインの価値
部材ごとの違いをデータで管理し、規格化に頼らない建築生産を実践する
「インダストリアルデジタルツインサミット2026」より、東京大学大学院 特任教授の池田 靖史 氏
図面の情報を施工現場に重ねる
部材の切断位置から取り付け位置までをARで示す仕組みは、建物の施工現場にも持ち込まれている。その一例が、日刊木材新聞社の木造社屋(東京都江東区)の施工だ。
同社屋では、編集部が入る2階に広い無柱空間を確保するため、3階の床を屋根から吊る構造を採用する。3階には梁と、柱との接合部を斜めに支える方杖(ほおづえ)が木の葉状の曲面に並び、全体で4隻の船底を思わせる造形を成している。
約180本ある方杖は「長さや取り付け位置、端部の角度が1本ずつ異なる」(池田氏)という。従来なら「1本1本全部違うものを扱うなんて、どうすればよいのかとなるところ」(同)だが、その組み立てにはARのガイドが寄与した(図3)。
研究成果は、池田氏の研究室からスピンアウトした施工支援スタートアップのデジタル・ティンバー・ワークスで実用化へと発展している。同社が現在手掛けるのは、木造用金物の取り付けミスを減らす仕組みの導入だ。部品の選択から取り付け位置までをARで示し、作業者は設計図や加工図をほとんど見ずに組み立てを進める。現場作業者の国籍や経験が多様化する中、こうした仕組みが「『誰にでも分かる』作業支援につながる」池田氏は期待する。
作るものを単純にして、作業を分かりやすくするのではない。ARによる施工支援は「作るものの複雑さは残したまま、作業者が目にする情報の方を分かりやすくする」(池田氏)というアプローチとなっている。
立ち木や廃材の個体差を設計に生かす
複雑さをそのまま扱えるという発想に立てば、素材ごとの違いも、排除すべき「バラツキ」ではなく設計に生かせる情報になる。例えば、慶應義塾大学SFCでの指導学生は、曲がった立ち木をその形のまま建築に利用する研究を重ねた。
山中に立ち、径が細く、曲がっているため用途の限られる木を、立ったまま3D(3次元)スキャンし、曲がったなりに使い道を決めてからチェーンソーで伐採する(図4)。大胆な試みに見えるが「曲がった木をそのまま梁に使う『曲がり梁』は、城や寺、民家など日本の伝統木造で古くからある技法」(池田氏)だ。
丸太の形状を1本ごとに記録し、設計上の使用箇所と紐付ける。これを池田氏は「“ある種の”丸太のトレーサビリティ」と呼び、「木材の個性を生かすことにつながる」と説明する。
「個体差をデータで扱う」という考え方は、廃材にも当てはまる。廃材には、使われていた場所や受けたダメージによる個体差がある。リサイクルを進めるには「個体差の克服、情報的な複雑性の克服が欠かせない」(池田氏)
池田氏の研究室では、ある学生が博士論文の一環として、建物の解体現場を1日に5回、3Dスキャナーで計測した。残るのは連続した映像ではなく、解体の各段階を立体として重ねた記録である。
解体が進むにつれ、壁や天井の内側に隠れていた部材が姿を現し、撤去された部材の移動先も時系列で記録に残る。廃材の形状や状態に加え「建物のどこにあり、解体のどの段階で取り出されたかという履歴までがデータ化になる」と池田氏は説明する。研究は現在「スキャンした廃材の組み合わせ方を検討する設計支援や、ロボティクスによる施工支援への応用に広がっている」(同)
建材を一つひとつ識別し、建物のどこにあり、解体後にどこへ移り、どう再利用されるかをデータで追う。池田氏は「この建材データの流れそのものが『資源循環のデジタルツイン』になるのではないかと考えている」と強調する。この構想は2026年6月、英ロンドンで「Sustainable Digital Wood(サステナブルデジタルウッド)」として発表もした。
規格化の先にある「適応する建築」を描く
従来の建築生産の工業化は、部品を規格化し、機械動力や大量生産のメリットを引き出してきた。事例をまとめながら池田氏は「今後は複雑性をデータで管理し、作業支援や多品種生産、設計情報のデジタル化を進めることで『有機的で適応性のある建築』へ向かえるのではないか」という見立てを示す。
その先には「デジタルメタボリズム」(池田氏)がある。日本の伝統木造が、部材を少しずつ修理・交換しながら建物を長く維持してきたように、データを基盤として建築を更新し続ける。建築が生物の新陳代謝のように更新を重ねる「メタボリズム」のように「部材のデータを継続的に保持できれば、建築のプロセスは計画、建設、利用という一方向の流れにとどまらず、利用状況の変化に合わせて建物の形や構成を更新し続けるサイクルになる」(同)構想だ。
講演の最後に池田氏は「建築におけるデジタル情報技術とは、計画し、作り、使うという一連の営みを、データによってつなぐためのものではないか」と締めくくる。

