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部下をやる気にさせる3Mの「マネジメント2.0」とは

脳科学から導かれた“ニューロマネジメント”の極意

指田 昌夫(フリーランス ライター)
2020年3月23日

経営ビジョンは“虚構”、いかに信じられるかが重要

 では、どうすれば社員の脳を活性化し、部下のやる気を引き出せるのか。そのためにはまず、人の脳の構造を理解する必要がある。

 人間の脳は、感情を司る大脳辺縁系の周りに大脳皮質が覆い被さっている。人間の大脳皮質は、他の動物より大きいのが特徴だ。動物がマネージできる個体数は大脳皮質の容積に比例し、その数を「ダンバー数」と呼ぶ。ダンバー数は、ゴリラが40、チンパンジーが60、そして人間は150である。

 「人間の信頼関係をベースにした組織は、このダンバー数に基づいている」と大久保氏はいう。たとえば150人を単位とした組織には、「ローマ時代の司令官が率いる1個師団や、米国海兵隊の1個師団などがある。防水透湿性素材GORE-TEXを製造する米WLゴア&アソシエイツは、工場の従業員数が150人を超えると、その組織を分割している」(大久保氏)という。

 にもかかわらず、「多くの大企業が、数千人や数万人を1つの組織として運営しようとしている」と大久保氏は指摘する。ダンバー数に基づく安定的な社会関係が保てない。

 それを解消するために、人類が生み出した別のマネジメント手段として大久保氏が挙げるのが「虚構」である。虚構とは、社会の秩序を作り出すための集合体の想像の中にだけ存在する“神話”であり、「虚構を想像する能力は人間だけが持っている」(同)という。

 典型例として大久保氏が挙げるのが、1本のバナナと1万円札。チンパンジーは間違いなくバナナを選ぶが、人は1万円札を選ぶ。「1万円札にはバナナのような物質的価値はないが、人間は、そこに与えられている貨幣としての価値を信じられる。「これが虚構を信じる状態」(大久保氏)だ。

 イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、著書『サピエンス全史』において、「虚構とは、お金、宗教、政治、経済、理念、労働契約など人間社会の秩序を作り出す人々の集合的想像の中にのみ存在する共通の神話」と定義した。大久保氏は、「人間社会は、実態のない虚構を信じているから成り立っている」とする。

 これを企業活動に当てはめると、たとえば経営者が打ち立てたビジョンが相当する。「ビジョンを社員に伝えたとしても、それは虚構でしかない。ビジョンが良いか悪いかではなく、社員がそれを本当に信じられるかが問題」(大久保氏)になる。つまり、価値観に沿って全員がやる気を出し行動する組織であるためには「ビジョンを信じられる状態を作り出す必要がある」(同)ことになる。

人が最も嫌うのは“不平等”

 大久保氏によれば、イノベーションに挑戦するための“やる気”に関して人間が抱く感情は、次の8つに分類される。

感情1 :おいしいものは独り占めしたい欲求を持つ
感情2 :満たされている状況では変化を好まない
感情3 :ルール違反に対する罰を与えることを快く感じる
感情4 :不公平に扱われたと感じると自分の利益を犠牲にしても相手を罰する
感情5 :分かち合う、協力し合う心を持っている
感情6 :「笑顔」と「名前」にポジティブに反応する
感情7 :「恐れ」と「喜び」の感情が、新しいことに挑戦する力を創出させる
感情8 :信じる心が新しいことに挑戦する勇気を与える

 これらのうち1〜4がネガティブな面、5〜8はポジティブな面を持つ感情だ。たとえば感情3では、「単に罰を受けている人を見ると同情的になるが、それが“ルール違反に対する罰”だと分かれば他人の痛みが快感に変わるという回路が脳に組み込まれている」と大久保氏はいう。

 感情4も、誰かが自分より得をするという情報があると、論理的には自分自身が得をする状況であるにもかかわらず「自身の得を捨ててでも相手に得をさせないように行動してしまう」(同)のだ。

 大久保氏は、「人間は“平等”でないものを不快に思うようにできている。しかし現代社会は不平等にあふれており、それが大きなストレス要因になっている。組織にあっても、上司が約束を破るなど不平等な行為をしてしまうと、部下は上司に2度と従わなくなる」と指摘する。