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【VivaTech 2026】欧州は“産業データ”を武器にデジタルソブリンの確立へ
規制偏重から自前技術の構築へ戦略をシフト
欧州は「産業データ」を武器に位置付ける
米国や中国の巨大テック企業が一般生活者向けのAIプラットフォームで覇権を握ろうとする中、欧州が次の主戦場と位置付けるのが「インダストリアル(産業用)AI」の領域だ。工場やサプライチェーン、インフラ基盤にAI技術を組み込む。
欧州発のAIチャンピオンとして世界から熱視線を浴びる仏Mistral AIのCRO(最高収益責任者)であるマージョリー・ジャニウィッツ氏は、インダストリアルAIにおいて、仏Airbusや独BMW、独SAPなどと提携を進めていると明かしたうえで、こう主張する(写真4)。
「欧州企業が数十年にわたり蓄積してきたデータや知的財産(IP:Intellectual Property)、設計やシミュレーションを大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)に組み込むことでこそ、真の競争優位性が生まれる。自社の機密データを含む産業用データを、米国のAIモデルの学習材料として差し出す必要はない。提携により構築中のシステムは、欧州域内のGPUに展開し、データを国内に留められる。競争優位性と自らの未来を所有することは両立できる」
これに、巨大な産業基盤を持つドイツ企業も呼応する。独Siemensのセドリック・ナイケ取締役は「ミリ単位のミスが許されないマイクロチップ設計のような“確定的”なソフトウェアの基盤は残り続け、その上のUI(User Interface)がAIエージェントに置き換わる」と予測する。同社は米NVIDIAなどと組み、独エアランゲンに数億ユーロを投じる最先端の自社工場を建設中である。
ナイケ氏は「AI技術の導入により年7〜9%の生産性向上を自ら実証し、そのモデルを顧客へ波及させていく」と意気込む。SAPのセバスチャン・スタインハウザーCOOも「AI技術導入の次のフェーズは、技術そのものよりも、業務プロセスやガバナンスへの深い理解に依存する。そこには欧州が持つ“宝”がある」と自信を見せる。
ソブリンへの最大の壁はコストとマインドセット
しかし、ソブリンの道のりは平坦ではない。最大のボトルネックは「インフラコスト」と「マインドセット」である。ナイケ氏はセッションの聴衆に対し「欧州でのデータセンター運用コストは米国より20〜30%高いのが現状だ。欧州産データセンターに20%高いお金を払う意思がある人は手を挙げてほしい」と厳しい問いを投げ掛けた。
挙手した人がまばらな状況を見て同氏は「誰もが主権を語るが、実際にコストを負担する覚悟があるのは5〜10%に過ぎない。これをMistral AIやクラウド企業だけの問題にしてはならず、我々全員で需要を創出しなければならない」と警鐘を鳴らす。エネルギーコストや規制の壁を越え、企業自らがコストを負担してでも欧州産を選ぶという“覚悟”が問われているというわけだ。
さらにシャパズ氏は、欧州の「自虐的なマインドセット」を鋭く批判する。あるフランスの学校が「米Open AI製の『ChatGPT』を導入した」と得意げにプレスリリースを出したエピソードを挙げ「米国のハーバード大学が『Mistral AIを導入した』と自慢するはずがない」と一刀両断した。
シャパズ氏は「我々が主権を確立するために最初にすべきことは、自分たちの技術の素晴らしさに自覚的になり、米国のようなマーケティング力と誇りを持つことだ」と訴えた。そのうえで「アフリカ諸国なども米中の二者択一を望んでおらず、欧州が“第3の道”を示すことが世界的な連携を可能にする」と国際的な意義を強調する。
日本企業もベンダー選定や自社データの再定義が不可欠
こうした欧州のソブリン戦略と産業AIへのシフトは、日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略にとっても重要な示唆を含んでいる。
1つは、DX戦略の前提となる「ベンダー選定」の基準を根本から見直す必要があることだ。これまでは、利便性やコスト、最新機能の有無だけでクラウドやAIツールを選んできたかもしれない。しかし今後は、米国の域外適用法によるデータ接収リスクや、突発的なサービス停止といった地政学的リスクを経営課題として評価しなければならない。
コア業務や機密データに関しては、欧州企業が実践しているように、あえてオープンソースを活用した自社専用のAIモデル(ローカルLLM)を安全な環境に構築し、外部要因に左右されない「コントロール権を手放さないDX」を目指す視点が不可欠だ。
もう1つは「自社の産業データ」の価値の再定義である。Mistral AIやSiemensが指摘するように、真の競争力は汎用的なAIモデルそのものではなく、各企業が長年蓄積してきた独自の設計データや業務プロセス(ドメイン知識)から生まれるからだ。
日本企業は製造業を中心に現場データを持っている。これを安易に外部のプラットフォーマーに明け渡すのではなく、自社の資産として囲い込みながらAIモデルに学習させる戦略的なデータアーキテクチャーが求められる。
デジタルソブリンは、もはや国家の安全保障や一部の巨大テック企業だけの問題ではない。AI技術があらゆるビジネス基盤に組み込まれる時代にあって「自社のデータとシステムを誰に委ね、誰と築くのか」という問いは、全ての企業が直面する経営の根幹に関わる課題になっている。
米中に挟まれ、欧州と同様の課題を抱える日本企業こそ、ソブリンというパラダイムシフトを正しく理解し、自社の強みである産業データを活かしたDX戦略を急ぎ再構築する時期に来ている。
