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スクラムは知識創造プロセスそのもの、すべては“エンパシー(共感)”から始まる

野中 郁次郎 一橋大名誉教授と平鍋 健児 Scrum Inc. Japan取締役

志度 昌宏(DIGITAL X 編集長)
2019年10月4日

ペアを基本とした「エンパシー(共感)」こそが重要

 そこで重要になるのが「エンパシー(共感)」であり、それを共有する場としてのチームです。エンパシーとは、ストレートな感情移入のことですが、その基本単位は“ペア”、すなわち、「私とあなた」の2人です。異なる存在であり、それぞれの主観をもつ「私とあなた」が真摯に向き合って妥協なき対話をして「われわれの主観」をつくりあげる2人称の関係なしに、新たな知識は生まれてきません。

図1:2人称の関係によって生まれる「共感」なしに組織の価値観は生まれない

 スミスはシンパシー(同感)を強調しましたが、シンパシーは、他者が感じていることを第3者の視点から観察し判断した結果です。これに対しエンパシーは他者の視点になりきることです。そこから、「私なら、こうする」という主観を互いにぶつけ合うことで文脈を共有し、その意味や価値を相互作用によって見出していきます。

 スクラムなどアジャイル開発ではペアプログラミングが重要視されているのも、この2人称の存在の重要性に気付いているのでしょう。私の先の論文も竹内教授とのペアだからこそ生まれました。

 ペアによって生み出されたイノベーションの例は、いくつもあります。米HPのヒューレット氏とパッカード氏、米Appleのジョブズ氏とウォズニアック氏、トヨタ自動車の豊田喜一郎氏と大野耐一氏などです。こうしたペアを私は「クリエイティブ・ペア」と呼んでいます。異質でありながら真剣な対話、すなわち「知的コンバット」によって天才を超えていくのです。

平鍋  スクラムでは、「顧客に向き合うこと」と「少人数のチームで取り組むこと」の2つを徹底します。そこでのマネジメントの役割は、これら2つを実行するための障害を取り除くことです。

野中  スクラムはソフトウェア開発における人間性を重視した取り組みです。だから評価指標も、従来の生産性だけではなく幸福指標も大切にするといった発想が生まれてきます。そのベースになるのはエンパシーです。

 スミスの旧宅での会議の主催者の1人でもある英国の経済学者ジョン・ケイは最近「日本のチームベースのマネジメントを改めて注目すべき」と言っています。彼自身はスクラムについて「対象範囲が小さくなる」との理由で気に入らないようですが。

 しかし私は小さいことが逆に意味があると考えます。自律分散的に動けるチームこそがクリエイティブだからです。チーム内で意見を出し合いながら「何のためにやるのか」を確認することが新たな価値を生み出します。2人称を媒介に集合知を作りだしていくことこそが知識創造なのです。

平鍋  スクラムは少人数のチームを基本にしますが、大企業に適用するための経営フレームワーク「Scrum@Scale」が考案され、これを採用する企業が増えています。たとえば、スウェーデンのSAAB(サーブ)が戦闘機の開発にScrum@Scaleを採り入れています。ウォーターフォール型で開発している競合企業には真似のできない短期間での新機種の投入を実現しています。