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スクラムは知識創造プロセスそのもの、すべては“エンパシー(共感)”から始まる

野中 郁次郎 一橋大名誉教授と平鍋 健児 Scrum Inc. Japan取締役

志度 昌宏(DIGITAL X 編集長)
2019年10月4日

日本的経営には危機が迫っている

平鍋  日本の経営層はこれから、どのようにマネジメントしリーダーシップを発揮すれば良いでしょうか。

野中  現在の日本的経営には危機が迫っています。過去の成功体験に過剰に適応しているからです。過剰な適応には(1)オーバーアナリシス(過剰分析)、(2)オーバープランニング(過剰計画)、(3)オーバーコンプラインス(過剰規則)の3つがあります。

 私は、経営はアートとサイエンスで成り立っていると主張しています。これまではサイエンス偏重になり、あまりに分析を重視し過ぎた結果、日本企業はかつての活気を失っています。これまで指摘してきたように、今重要なのはアートの復権です。アートとは、五感や身体性を伴う、いま、ここ、私だけの主観的な直接経験であり、その根幹はやはりエンパシーなのです。人間中心の世界は、分析からは実現できません。

 人間中心の経営改革で成功している1社が米Microsoftです。現CEO(最高経営責任者)のサティア・ナデラ氏は、同社の経営に哲学を持ち込み、規模やシェアのみを追求するのは時代遅れだとして「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」をミッションに掲げました。

 そのうえで、これまでの自前主義を外部と協調するオープンな方針に変え、企業文化も、十人十色のスタッフがチームとして行動できるだけの共感力を重視するように変えました。AI(人工知能)においても「人間中心のAIを目指す」としています。

 スクラムは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の80年代、アートがあった時代の経営を研究した成果に則っています。「顧客が言っていることを聞け」という「心身一体」や「チーム一体」こそがエンパシーです。今一度、日本的経営とは何かを考えるとともに、そうした考え方を採り入れたスクラムに取り組むべきでしょう。

平鍋  一方で現在は「データは21世紀のオイルである」とも言われるように、データへの依存度を高めようとしています。

野中  データを活用すること自体が問題ではありません。データがあるからと言って、ただ言われたことだけをやっているのが問題なのです。

 データ分析においても、何のためにやるのか。そのためには、どんなデータが必要なのかを考えなければなりません。そうした問題意識や主観こそがアートです。数値やデータを意味づけ、価値づけできるのは人間だけですし、そこには一人ひとりの生き方が反映されるのです。

平鍋  今、日本が直面している経営危機は、海外発のガバナンス重視・株主重視の経営手法への過剰反応であるわけですね。そして今はデジタルトランスフォーメーション(DX)やイノベーションが叫ばれる時代だからこそ、共感をベースにした人間性の回復をビジネスの文脈でも声高に叫ぶ必要があり、むしろ、そこからしかイノベーションは生まれないことを強く認識できました。

 日本が元々持っていたチームとしての働き方が海外で注目され「スクラム」という名前で日本に戻ってきました。Scrum Inc. Japan は、海外のアジャイル手法と、その起源である野中先生と竹中先生の「知識創造理論」という2つの親を持っています。日本でしかできない活動をこれからも展開していきます。

 野中先生、本日はありがとうございました。

写真6:対談を終えた野中 郁次郎 一橋大学名誉教授(右から2番目)と平鍋 健児 Scrum Inc. Japan取締役(最右)。左は和田 圭介 Scrum Inc. Japan Senior Coachと志度 昌宏 DIGITAL X編集長