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ソフトウェア開発から企業のイノベーションのツールになったScrum
Scrum誕生の理論的基盤を体系化した一橋大学の野中 郁次郎 名誉教授と、その論文に触発されScrumを生んだジェフ・サザーランド博士
ハードウェア開発のモデルがソフトウェアの開発モデルに
野中 スクラムな状態で行われる組織的な知識創造のプロセスを理論化したのが「SECIモデル」です。個人の暗黙知が組織の形式知になるまでには、「Socialization(共同化)」「Externalization(表出化)」「Combination(連結化」)」「Internalization(内面化)」の4つのプロセスを経るというモデルであり、チームの形成には、その出発点となる共同化における「共感」が何よりも重要なのです。
私が論文で提示したのは、日本の“ものづくり”というハードウェアの開発モデルですが、それをサザーランド博士は、独自のアイデアを加味してソフトウェアの開発モデルとして作り上げられた。これは非常に興味深いことだし、光栄に感じています。
――ソフトウェア開発手法として誕生したScrumが今、企業におけるイノベーションのための手法として注目を集めています。この変化をどう捉えられていますか。
サザーランド 1983年にプロトタイプの開発に携わるようになってから私は、技術者の道を歩んできたわけですが、当時のソフトウェア開発では「ガントチャート」を使ってプロジェクトを管理しており、常に開発が遅れていました。
ガントチャートは1915年に登場したアイデアであり、第2次世界大戦以前の考え方です。そこでは私は、「開発のプロセスが間違っている」と考え、4〜5人を一組にした小さなチームによる開発プロセスを採り入れ始めました。
月曜日に会議を開き、金曜日にはソフトウェアをデプロイ(動作させる)するという1週間のサイクルで開発を進めた結果、生産性を改善できたのです。そこでは、営業やマーケティング、サービスなどの関連部門のすべてが同じ仕組みで動かなければなりません。
ソフトウェアの開発手法が企業のイノベーションのための手法に
Scrumはソフトウェア開発の手法として誕生しましたが、近年は企業活動そのものを変革させるための手法として利用が広がっています。
その後も、トヨタ生産方式や、野中先生のSECIモデル、ナレッジマネジメントなどの研究を続け、より大きな企業にも当てはまるよう手法を発展させてきました。それが「Scrum@Scale」です。
野中 企業経営では「マネジメントはサイエンスである」という教育が続いてきました。たとえばハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授は、マーケットを分析し、戦略を分析し、そしてパフォーマンスを分析するという“分析”ありきの競争戦略を説いています。
しかし、現実社会はダイナミックに変化しており、生きた文脈のただなかで、どうイノベーションを起こすかが問われているのです。そこでは、何が本質かをチームで追い求めることが重要です。
それは人間中心のアプローチであり、人の生き方にまで踏み込み「共感」を得る必要があります。共感(エンパシー)とよく似た言葉に「同感(シンパシー)」がありますが、共感は、相手の視点になり切ることで得られるのに対し、同感は第3者的な視点で得られるもので分析的だと言えます。
「あなたと私」が全身全霊で組み合い、何のために生きているのかといったことを含め、知的コンバットによって生まれる共感をもって学び合うのです。これこそがイノベーションの本質です。
そうしたアートな取り組みを従来のサイエンスと統合しようとする新たなパラダイムシフトが今、起こっています。世のため人のためになっているのかを真剣に考えることが求められており、人の生き方を含めた戦略論が必要になってきたのです。Scrumにも注目が集まっているのも、そのためでしょう。
サザーランド 私は1966年から仏教について学んできましたし、合気道の道場にも通っています。心理療法にも携わっています。これらに共通するのは、他人のために、どう貢献し良い人になれるかであり、共感を求めていることです。人がどう感じるかは相互に影響しているからです。
合気道では、ネガティブなことはいったんやり過ごし、それを振り返ることで方向転換を図ります。相手の気持ちで考え、相手の力を使って優位に立ち向かうのです。
これはビジネスでも変わりません。古いやり方に固執するのではなく、新しい方法に取り組ませるように組織を動かさなければならないのです。そこには共感が不可欠です。プロジェクトの成功において、ビジネスモデルやソフトウェアといった要素の関与度は25%程度です。