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ソフトウェア開発から企業のイノベーションのツールになったScrum

Scrum誕生の理論的基盤を体系化した一橋大学の野中 郁次郎 名誉教授と、その論文に触発されScrumを生んだジェフ・サザーランド博士

志度 昌宏(DIGITAL X 編集長)
2020年1月7日

Scrumは「やらなくてはならない」段階にある

サザーランド  私は1993年に「トヨタ生産方式がFordをディスラプト(破壊)する」と本に書きましたが、その後に、それは現実になりました。現在では、MicrosoftやApple、Amazon.comなど市場評価の高い企業はScrumに取り組んでいます。Amazonには3300ものScrumチームがあるほどです。

 企業のイノベーションを図るためにScrumは「やったほうが良い」といったことではなく「やらなくてはならない」段階にあると言えるでしょう。その根底にあるのは、繰り返しになりますが共感です。

野中  共感は、言葉にすれば簡単ですが、実際に共感を得るのは非常に難しいことです。親子であっても、幼少期こそ共感が得られますが、子供が成長し知性が発達してくると対象化が始まり、エゴイズムが生まれてきます。

 そうした中で真の共感にまで到達するためには、徹底した議論、すなわち全身全霊をかけた“知的コンバット”が不可欠です。ホンダやトヨタ、京セラといった企業は、知的コンバットにより互いを高め合っています。

 そこではリアルな体験が不可欠です。各種のデータは見れば分かりますが、その背景を現場で探ることこそがリーダーの役割です。机上の議論だけでは新しい意味づけまで起こらないのではないでしょうか。

――日本の現場力を野中先生が体系化し、そこから生まれたScrumでありながら、日本では決して浸透しているとは言えず、海外発の手法として逆輸入しているのが実状です。

サザーランド  かつてトヨタヨーロッパのプロジェクトに呼ばれたことがあります。300ページもの仕様書を元にウォーターフォール型でプロジェクトを進めており、当然ながら、計画通りには進んでいませんでした。

 ある役員クラスが集まる会議で、日本のシニアマネジャーに「この状況を(トヨタ生産方式を確立した)大野 耐一氏が見たら、どう思うだろうか」と聞いたところ、そのシニアマネジャーの答は「激怒するだろう」でした。

日本発の精神を日本企業に説かなければならない不思議

 なぜ今、米国人の私がScrumの元になっている精神を日本企業に話さなければならないのか不思議です。Scrumの基本は「職能横断な小さなチームを作る」ことです。日本企業には、もう一度、自らが歩んできた道を振り返っていただきたい。

野中  日本では今、グローバルの最前線とは反対のことが起こっています。具体的には「オーバーアナリシス」「オーバープランニング」「オーバーコンプライアン」です。経営計画も分析中心になり、リアリティを知らないままに作成され、顧客に向き合うことを忘れてしまっているのです。

 今、求められているのは、トップダウンとボトムアップを組み合わせてチームをマネジメントできる「ミドルアップダウン」型のマネジメントです。その一例に、米海兵隊が採用している3層モデルがあります。トップダウンで任務の目的と背景は与えられますが、どう解決するかは現場に裁量権があります。

 これは「Team of Teams」と呼びますが、私は「マトリョーシカモデル」と呼んでいます。相似形の人形が入れ子になっている形です。つまり、部分が全体と同じ形、つまり組織の各部署、各チームが全体と同じ決断ができる機動力をもつ自律分散型の組織モデルです。冒頭、サザーランド博士が、Scrumを大企業で活用するための考え方として「Scrum@Scale」を提唱されているとの発言がありましたが、考え方は共通だと思いました。

 いずれにしても「Fight Spirit, Again」、闘争心を今一度奮い立たせ、ということでしょう。

――日本企業の取り組みが本格化すれば、Scrumが、さらに進化する可能性も期待できそうです。

サザーランド  新しいリーン(研ぎ澄まされた)な方式が生まれるかどうかにかかっています。Scrumは、リーン方式に「顧客」の視点を採り入れることで、顧客ニーズに合った製品/サービスを、より最適に、より速く提供するために生まれた方法です。新しいリーン方式が生まれれば、原則は変わらないと思いますが、実践方法が変わると考えています。

 ただ、現状のリーンより速く、Scrumより効率的になるまでには時間がかかるでしょう。

野中  これまでの考え方は、単独の組織を対象にしてきましたが、これからはエコシステムとしてのバランスを取りながら“知”を創造するという難しい局面に入っていきます。境界をまたがっても「こちらか、あちらか」の二項対立ではなく、現実とダイナミックに向き合っていく二項動態的思考を磨かなければなりません。

 そこでは、現実問題に向き合い、トライ&エラーを続ける必要があるため、スピードの質を高めることが重要になっていくでしょう。経営学的にはハウツーがテーマですが、哲学や文学、歴史といったリベラルアーツを統合する必要もあります。そして重要なことは、チームで試行錯誤しながら全身全霊で行動につなげていくことです。

写真6:対談を終え”スクラム”を組む野中 郁次郎 一橋大学名誉教授(右)とジェフ・サザーランド博士