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中外製薬のデジタル戦略、AIやリアルワールドデータの活用で創薬事業の改革を目指す

野々下 裕子(ITジャーナリスト)
2020年12月18日

(1)新薬の創出:抗体創薬プロセスにマシンラーニングを活用

 基本戦略の中でも力を入れているのが(1)デジタルを活用した革新的な新薬の創出だ。「DxD3 = Digital Transformation for Drug Discovery and Development」を掲げ、デジタルバイオマーカー(dBM)、AIを活用した創薬プロセスの革新、リアルワールドデータ(RWD)/リアルワールドエビデンス(RWE)の活用に取り組む(図4)。

図4:デジタルを活用した革新的な新薬創出の取り組み「DxD3」

 研究本部 創薬基盤研究部長の角田 浩行 氏は、「創薬研究でのAI技術活用を進めている。社内にアイデアデータベースを構築したり、実験作業を支援するロボットを開発したりしている」と話す。さらに横浜に建設中の新しい研究所には「AIやIT基盤を活用した次世代ラボを構築する予定だ」(角田氏)ともいう。

 デジタルバイオマーカーとは、ウェアラブル機器などで得られる生理学的データのこと。アプリケーションやツールなどを使って患者の状態を日常的に把握し、収集したデータを分析して疾患改善や発症予測などにつなげる。すでにある活用事例として、子宮内膜症の痛みをウェアラブル機器とAI技術で評価したり、止血が難しい血友病患者の日常行動と出血の関連性の調査などがある。

 AIを活用した創薬プロセスの革新では、抗体創薬の競争力の源として4つのプラットフォームを持ち、これらを抗体エンジニアリングと組み合わせる。中でも抗体創薬のプロセスにマシンラーニング(ML:機械学習)を活用して開発した「MALEXA(Machine Learning x Antibody)」では、プロセスに合わせたアルゴリズムやワークフローの開発に効果が得られているという(図5)。

図5:抗体創薬のプロセスにマシンラーニングを活用する「MALEXA: Machine Learning x Antibody」

 次のリアルワールドデータ(RWD)とは、実医療から得られる様々なデータを指す。電子カルテや健康診断の結果、レセプトデータなど臨床試験以外で得られる患者や医療行為に冠する情報がそれで、RWDの解析結果をリアルワールドエビデンス(RWE)として利用する。

 利用例について、プロジェクト・ライフサイクルマネジメントユニット 科学技術情報部長の石井 暢也 氏は、「医療データと膨大なRWD、そしてゲノムデータを組み合わせることで、健康管理や地域医療連携、創薬の基礎研究の改革にもつながる」と話す(図6)。

図6:医療データをはじめとするリアルワールドデータ(RWD)の利活用事例

 RWDの活用は海外で進んでいる。公的保険の適用を拡大した「オバマケア」では、治療を受ける人における人種格差が解消されたことがRWDによって証明された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大によって、診療を受ける患者数が減少していることがRWDによりリアルタイムに判明した。

 一方で課題もある。データの“質”の問題だ。RWDを用いたCOVID-19患者への薬剤投与リスクに関する2つの研究論文が、データの信頼性に対する問題から撤回された。医療データの場合、どうしても収集範囲の制約がありスケール感も乏しい。今後の利用促進に向けては、透明性のある解析基盤の確立や、使用時のガイドラインなども検討が必要だとされている。

 日本では厚生労働省がRWDの利用に関するガイドラインの作成を進めているが、個人情報保護の問題もあり、いつから使えるかは現時点では不明だ。とはいえ中外製薬としては今からRWDの活用を進め、創薬や基礎研究、承認申請の迅速化などで新たな医療を開拓・提供することで、データを提供する患者らに対する迅速な価値の還元を目指したい考えだ。