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  • 大和敏彦のデジタル未来予測

Fintechで変貌する金融業界にみるデジタルのインパクト【第29回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2020年2月17日

インパクト3:既存インフラの崩壊

 業務を支えるインフラにも大きな変化が起きている。従来、銀行などの金融機関では、集中型のオンラインシステムが差別化要因であった。全国をカバーし迅速に処理するために、大規模なコンピューターを準備し自前で膨大なソフトウェアを開発していた。システムの強大さと開発コスト、開発期間の長さ、新システムへの切り替えの難しさは、しばしば問題になっていた。そのシステムに大きな変化の波が来ている。

 『「DXレポート」が指摘する「2025年の崖」を越える攻めるクラウド活用【第17回】』で取り上げたように既存システムは、長い開発期間、機能の追加や変更の難しさ、ブラックボックス化などによって、迅速な市場や顧客の変化に対応できない。その結果、新システムの開発を中止したり、既存システムの開発投資を損失として計上したりする例もでてきている。

 たとえば、みずほは2019年3月、既存ソフトウェアへの4600憶円の投資を減損損失とした。三菱UFJファイナンシャルグループ(MUFG)では、三菱UFGニコスが「投資に見合った収益を見込めない」として、新システムの開発を中止し、750憶円の投資を減損損失とした。そこでは、キャッシュレス決済を中心とするサービスの変化に対応する機能を、システム統合中には追加できなかったことが原因と発表されている。

 銀行内の端末やATMだけがつながるクローズなシステムと、スマホのアプリを介して多くの顧客と直接つながるシステムでは、システムの性能要件も変わる。その1つが、大きく変化する処理量へのスケーラビリティ(拡張性)だ。

 ECにおける決済の例を見てみると、アリババは2019年11月11日の「シングルデー(独身の日)」では1日の取扱高が4.2兆円(2684憶元)を越えた。開始時には68秒で1050憶円を売り上げている。これだけの売上高を支えるには、膨大な量のトランザクションを処理できなければならない。急激な増減に柔軟に対応できるクラウドのインフラや開発環境を整え、開発と運用を一体化したDevOpsを実現するシステムの構造や開発・運用体制が必要だ。

 新しいテクノロジーの活用も検討する必要がある。Fintechの分野で注目されているのが、暗号通貨「Bitcoin」で生まれたブロックチェーンだ。MUFGは、米Akamai Technologiesと新会社Global Open Network Japan(GONJ)を設立し、Akamaiのエッジサーバーを活用して、ブロックチェーンによってセキュアで高速の大量処理が可能なプラットフォーム「GO-NET」を提供する。

 GO-NETは、高品質、低コストのプラットフォームとして、クレジットカードや電子マネーなどの決済のほか、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)やヘルスケアなど広い領域の基盤としてパートナー企業に提供される。

 クラウドやブロックチェーンなど最新のテクノロジーへの感度を高め、自社ビジネスへの影響や、自社での活用を検討する必要がある。

インパクト4:統合や提携の動きが活発化

 デジタル化されたビジネスでは、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon.com)に代表されるようにプラットフォーム化が進んでいる。Fintechの展開でも、プラットフォーム化を検討しなければならない。

 プラットフォームとしての統合アプリケーション環境は「スーパーアプリ」と呼ばれている。Webの時代にはポータルの形で、さまざまな情報やアプリへの入り口が統合され顧客へ価値を提供していた。それがスマホ時代には、スーパーアプリとしてSNSやメール、ECなど生活に関連するサービスのすべてがプラットフォームに統合される。

 スーパーアプリでは、認証や決済のためのIDやパスワード、クレジットカード情報などが共有できるため、ユーザーに高い利便性を提供できる。提供者にとっても、統合サービスの提供やデータ活用でメリットを得られる。

 個別のアプリの使用者や使用履歴だけでなく、さまざまなアプリのデータを収集して解析すれば、より詳しい顧客特性や行動/推定できる。それを基に新しい価値を生み出すことが可能になる。その情報をアプリ間の連携や他のサービスの中で使えれば顧客のメリットにもつなげられる。データビジネスとして展開できればサービスの無料化も実現できる。

 中国のAlipayやWeChat、はその代表的な例である。すでに配車アプリのGrabなど金融以外の会社がFintechサービスに参入しており、競争は激しさを増している。FinTechアプリとして優れたソフトウェアの提供は重要だ。だが、それと同時に、「個別アプリはスーパーアプリの要素の1つである」という意識が必要である。

 スーパーアプリやプラットフォームビジネスを目指した提携が盛んだ。Yahoo!とLINEの統合は、スーパーアプリを目指したものだろう。両社のサービスを合わせると、EC、金融、SNS、メディア、コンテンツ配信、旅行、配車、宅配などのサービスを、IDやパスワード、クレジットカードなどの決済情報を共有して使えるようになる。規模的にもスマホ決済の登録者数は5600万人を抱えることになる。

 他にも、デジタル通貨では、MUFGがリクルートと共同出資会社を設立した。デジタル通貨をリクルートの求人や飲食店予約などのサービスで使うことから出発する。SMBCもブロックチェーンを使う法人・個人の金融取引においてSBIと協業をすると発表した。メルカリもモバイル決済会社Origamiの買収によってスーパーアプリ化を目指す。

金融業界の動きは他業界でも同様に起こる

 このように時代は、個別アプリの競争から、スーパーアプリやプラットフォームの戦いに切り替わっている。国内だけでなくグローバルな戦いも激しくなるであろう。今後、自社の強みをどう実現していくのか、他社プラットフォーム活用も含めたプラットフォーム戦略が必要である。

 金融における破壊的イノベーションは一層進んでいく。Facebookが進める仮想通貨「リブラ」や、中国の「デジタル元」といった中央銀行が進めるデジタル通貨の発行、キャッシュレス化の進展、データビジネスを応用したローンや資金調達のビジネスモデルの変革、AIを活用したシステムの進化などなど事例には事欠かない。そこでは、顧客への価値はもちろん、差別化を意識した人と組織、インフラとプラットフォームの戦略が求められる。

 このような新しいビジネスモデルや新しいテクノロジーによる顧客価値の変化や、ビジネスプロセスの変化、人材のミスマッチ、インフラ変革は、他分野でもデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるためには必ず考慮しなければならないことだ。DXに望むには、これらの検討と戦略の策定が不可欠である。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。