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スマートシティが実現する住民への価値【第44回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2021年5月17日

エネルギー・環境

 目的は、エネルギー消費量削減や再生可能エネルギーの普及による脱炭素化およぶ環境問題の解決である。

 オランダのアムステルダムでは、温室効果ガスの排出量を2025年までに40%削減するという目標を掲げ、持続可能で質の高いエコロジカルな生活と、新たな経済成長を同時に達成しようとしている。そのために、環境・エネルギー事業だけでなく、公共サービス、医療・健康、農業などの各分野において、産官学および市民の連携によってスマート化を進める。

 デンマークのコペンハーゲンは、2025年までにカーボンニュートラルを達成した世界で最初の首都になることをビジョンに、交通と省エネ分野での課題解決と経済成長を実現するスマートシティ化に取り組んでいる。

 スペインのバルセロナは、市内各所にセンサーを設置しエネルギーの利用効率を高めている。センサーデータを管理・分析することで、散水、噴水、上下水道のシステムを自動運転したり遠隔操作したりすることで水資源を節約するほか、街路灯ごとに明るさや点灯・消灯時間を制御している。

パブリックサービス

 目的は、監視カメラによって、安心と安全を実現することだ。

 監視カメラ設置台数の世界1位と2位は、中国の北京と上海である。その目的はいずれも、公共スペースでの盗難事件や暴力事件の抑止だとされる。監視カメラにAI(人工知能)技術を組み合わせるで、不審人物や車両をリアルタイムに追跡することも可能になっている。

機会

 目的は、都市の産業や就業機会を増やし、都市の価値を高めることである。

 トヨタ自動車のWoven Cityでは、CASE(Connected、Autonomous、Service、Electric)やAI、パーソナルモビリティ、ロボットといったテクノロジーの実証実験に取り組む。

 そのための構想として、車両と歩行者、パーソナルモビリティ、歩行者専用の3分類で道路を整備するほか、木材で作られた建物と太陽光発電の組み合わせ、トヨタが開発する無人EV(電気自動車)「e-Palette」による人や物の移動と移動店舗の展開、インフラの地下設置、公園・広場によるコミュニティの形成が挙げられている。

 ヘルシンキの「City as a Service」のように、都市全体をテストベッドに位置付け、情報公開とサービス開発を支援することで、デジタル技術を用いた革新的なサービスやプロダクトの誕生を促す例もある。

インフラ

 目的は、スマートシティが必要とする多様な機能を実現することである。

 スマートシティとしての機能を迅速に開発し、安定運用するとともに継続的に発展させていくためには、インフラの改革が不可欠である。ネットワークや認証基盤、データ連携の仕組み、データドリブンなデータ活用のためのプラットフォームなどが必要だ。

 例えば米ニューヨークは、オープンデータ法に基づき、1600を超えるデータセットを提供し、複数のプロジェクトにおいて、その活用を後押ししている。その1つ「LinkNYCプロジェクト」では、公衆電話ボックスを都市インフラとして再活用している。Wi-Fiの基地局を設置したうえで、充電可能なUSBポートや周囲の地図を無料で提供している。

 「ハドソン・ヤード再開発プロジェクト」では、各所に設置したセンサーからのデータを活用するためのインフラを整備している。交通渋滞解決や交通機関のサービス向上、大気状態のモニタリング、コジェネレーションやマイクログリッドなど種々のエネルギーの使用状況を監視する。

先進機能だけでなく持続性を高めることが重要

 各国での取り組み事例は、どのような課題に対し、どのようなテクノロジーが有効であるかの参考になる。スマートシティ化は、デジタルトランスフォーメーション(DX)による街の改革・開発である。現在および将来の課題を明確にしたうえで、何を目的に、住民へどのような価値を提供できるのかというビジョンが必要だ。

 そして、そのビジョンでは、先進的な機能だけでなく、街の持続性を高めるための安心・安全や各種の機会の提供も、重要な価値として考えなければならない。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。